P/ECEの思い描いた世界

2021/2/2作成

BLACKはいかが(わしい)というコンテンツを作っていて、P/ECEのソフトのページで久しぶりにP/ECEのことを思い出したので、少し思い出を語ってみたいと思います。いや、P/ECEのことを忘れてたわけではないんですよ!でも毎日P/ECEのことを考えてるわけでもないので!(って何の言い訳。。。

P/ECEはアクアプラスさんが開発・製造・販売したモバイルコンピュータです。発売は2001年ですから、もう20年も前のことですね。残念ながら商業的に成功したプロダクトとは言い難いのですが、P/ECEにはアクアプラスさんの大きな夢が込められていたのです。

P/ECEの特徴としては小さく軽いこと。電池も含めて100gに収まっています。近年のスマホは200gくらいありますから、その半分ですね。サイズも小さいので、まさにポケットに入れても支障がない。小型軽量なコンピュータということから、センサーなどの外部デバイスを接続して今で言いうIoT的な使い方をされてる方もいらっしゃいました。そういう可能性も秘めていたんですよね。

ハードとソフトの仕様が公開されていて、開発することもソフトを販売することも自由にできるライセンスになっていました。そのため多くの開発者の方が実際のソフトを開発して発表したり、ハード改造して記事を公開されたりもしていました。

20年前ということを差し引いても、ハードの仕様としては少々というかかなり貧弱には出来ています。特に画面は128×88ドットですから、当時すでにWindowsが普及してSVGAやXGAが一般的に使われるようになっていた中ではかなり異端な仕様ではありました。しかしこれはアクアプラスさんの明確な意図があって選択された仕様なんですね。画面は貧弱ですがCPUはかなり強力なため、相対的にCPUパワーはかなり余裕があってソフト開発が楽に行えるようになっています。

少し時代は遡って1980年代。当時は国内メーカーの独自規格8ビットパソコンの全盛期でした。この頃のパソコンは今とは比べ物にならないくらい低性能で、画面もCPUもメモリもすべてが貧弱でした。でもそれだけ貧弱な環境ということは、一人の開発者がすべてを見渡せる範囲に収まるというメリットもあったのです。多くのパソコンユーザが独自のソフトやハードを開発していました。ソフトにはゲームも多くあったわけですが、ゲーム開発も一人で行われるのが当たり前でした。サウンドもグラフィックも開発者が一人でやるのです。パソコンの性能が低いから、一人でやっても間に合うんですね。結果、ゲームの全てを統括して開発した経験をもった開発者が多数育ったわけです。大半の人は趣味としてゲーム開発を行っていたのですが、開発したゲームを雑誌に投稿したりソフトハウスに持ち込んだりして、そのままプロのゲーム開発者になった方も多数いらっしゃいます。つまり、貧弱な性能のハードが結果的に一人で全てを見渡すことができる開発者の育成に役立ったというわけです。

ひるがえって2000年頃のこと。パソコンはWindowsになりましたし、ゲームハードではPlayStation 2やドリームキャストと随分と高性能になりました。高性能になった結果が美麗なグラフィックスや豪華なサウンドを伴った高機能なゲームをプレーヤーは楽しむことができるようになったのですが、その分開発者は大変になりました。商業用のゲームは一人で開発することなどありえなくなり、数人から数十人の大規模なチームで分業制作することが当たり前になりました。プログラム、グラフィック、サウンドと分業が進みますから、全ての技術を経験した人も育たなくなりました。2000年頃には、まだ1980年代の8ビットパソコンで育った開発者が現役で頑張っていますからなんとかなりますが、この先10年20年と経つと8ビットパソコン世代は引退していなくなってしまいます。そうしたらゲーム開発の全てを見渡す経験をした開発者が居なくなってしまう。アクアプラスさんの感じた危機感はここにあったわけです。

なので、あえてハードの性能を落とし、一人で全てを見渡して開発できるような環境を用意しよう。そうして一人で開発した経験をした開発者が次のゲーム開発市場をひっぱっていってくれるだろう。という夢が詰まっていたのがP/ECEというハードなわけです。

P/ECEは一部のユーザにはうけましたが、世間一般的にはうけたとは言えませんでした。その後もゲームと言えば多数のスタッフがチームで開発するという時代が続きました。ゲーム開発の全てを見渡せる開発者は育たなかったわけです。そりゃ一部の天才は出来たでしょうからゼロではないでしょうけれどね。でもそれを一般化するのは難しい。インディーズゲーム開発でも、チームが専業で数年かけて開発するのが当たり前という時代が続きました。

しかし最近ではこの状況も少し変わってきたように思います。CPUとメモリの性能が圧倒的にあがり、コンピュータ自体が開発者をサポートすることも十分にできるようになってきました。Unityなどのライブラリ整備が進み、ゲームを開発するにあたって開発者がやらなければならない作業は随分と省略できるようになりました。フリーの素材集も充実してきたため、グラフィックもサウンドも自分で一から作らなくてもなんとかなるようになりました。結果、ここ数年では一人の開発者で全てを見渡して開発したゲームが随分と広まってきたように思います。アクアプラスさんがP/ECEで思い描いた未来が、少し違う形ではありますが実現したと言っていいかと思います。

一人の開発者がすべてを見渡して開発したゲームというのは、実際のところとしては習作にすぎないこともあるでしょう。世間を騒がせるような傑作が生まれる可能性は低いかもしれません。やっぱり一人では出来ることは限られますからね。でもそれでいいんじゃないかと私は思うんです。言ってしまえばゲーム開発のカラオケ化というわけです。また、カラオケ化はピラミッドの裾野でもあると思うんですね。だから、2番煎じでもなんでもいいので、どんどん作ればいいんだと私は思います。一部のエリート創作者だけが創作活動を独占し、庶民に傑作を下賜するってのは、あんまりいい世界じゃないんじゃないかなぁと私は思ってます。