えらいてんちょうさんの「しょぼい起業で生きていく」を読みました。これは「やりたいことはなくてもいい」の起業版かなと思いました。一般に起業では事業プランを念密に立てましょうと言われるわけですが、それが逆算型に相当します。それに対して本書は起業プランなんて作らずに雑に起業しましょうと説くわけで、これは積上型かなと思うわけです。
ただ勘違いしてはいけないのは、起業計画は雑にやるけど、事業自体は真剣にやらないといけないと書かれていること。例えば店舗を構えた場合、お客さんの期待に応えるために毎日営業時間はきちんと守りましょうとあります。お客さんが営業してると期待してきたときに閉店してたら、期待に応えられないから当然ですね。でも本書のタイトルをみた読者は「自分の気が向いたときだけ営業するような緩い店舗経営が出来たらなぁ」という考えの人もいるんじゃないかと思うんですよ。でもそういう期待には本書は一切答えない。計画を立てないだけで、事業をやるからにはきっちり真面目にやりなさいというスタンス。そのスタンスは筆者がリサイクルショップを事業譲渡するときにも現れてますね。マネーの虎ばりに厳しい審査のうえで譲渡先を決定しています。読者的にはあみだくじで決めましたくらいの緩さを期待するんだけど、そんなことは一切ありません。
逆算型が数年後の事業のあるべき姿をイメージし、それに近づけるために努力をするというスタイルなのに対し、積上型はとりあえず目の前の事業を一生懸命回していれば、いずれ事態が転がってなんらかの形になっていくというスタイルというわけですね。確かに、それで利益が出て暮らしていけるなら、十分ありな話だと思います。
事業計画を念密に立てない以外にも、本書のしょぼい起業にはいくつか既存の起業指南にはない特徴があります。まず一つはお金をかけないこと。高額な家賃や設備投資はせずに、小さく事業を始めること。一等地に店舗を借りて内装や設備の工事をすれば初期費用は簡単に1000万円を超えてしまいます。それに対してしょぼい起業では人通りの少ない通りの流行らなさそうな店舗を安く借りて、設備投資も出来るだけ抑えます。もちろん起業のために借金なんてもってのほかです。資金が足りないなら、手元の資金の範囲で出来る起業に抑えるわけです。それでは理想の店舗に出来ないというのなら、それは逆算型の起業になってしまっている。積上型の起業ではどんな形であれ営業をしさえすれば、いずれ何らかの変化が起こるという期待で行うものなのです。そうして最低限の資金で借金せずに起業した場合、万一失敗しても傷は浅いですし、再起も可能です。借金して失敗したら人生を棒に振ることになりかねませんからね。そこは大きな違いです。
利益で生活することを捨てるというのも、従来型の起業指南には無い視点です。一般には売上から経費を差し引いた利益で生活することを考えるのですが、そうではなくてある意味経費と生活費をまぜこぜにしてしまえということですね。店舗に住んでしまえば住居の家賃は不要だとか、飲食店の残り物を食べれば食費が抑えられるとかですね。これ実は筆者のオリジナルというわけではなく、昭和の個人事業ではむしろ当たり前の考え方だったんですよね。店舗兼住宅というのはありふれたスタイルでしたし、残り物を家族の食に供するというのは飲食店では当たり前のことでした。だから飲食店は食うには困らない職業だと言われていたのです。今でも寂れた商店街にいかにも客が入ってなさそうなのに潰れない飲食店があって不思議に見えますが、実態はこのようになっているのですね。ただこの方法、暮らしていくことは出来ますが、税務的にはグレーというかほぼブラックです。税務調査に入られると追徴されるでしょうね。現実的には小規模すぎて税務署からはお目こぼしをされるでしょうけれども。
一概に賛同できない点もあります。店舗をやってたら自然と人が集まってきて、しかもその人たちが無償で手伝ってくれるようになるというのは、信じない方がいいでしょう。ネットのレビューにもありましたが、これは筆者が人たらしだから実現できたことです。別の言い方をすれば、スクールカーストでいうところの一軍です。自然と人が集まってきていつもクラスの中心にいるような人にとっては、他人が自分のために無償で何かを手伝ってくれるというのは息をするように当たり前のことなのでしょう。でもそれはクラスの片隅で一人で本を読んでるような生徒には当てはまらないのです。人たらしは才能・スキルです。筆者には人たらしの才能があるのでそれを生かして事業を行うのはもちろんいいのですが、万人に備わっているスキルでは無いことを筆者は理解していないと言えるでしょう。
SNSでバズれば広告宣伝費は無料というのも信じてはいけません。そもそもバズというのが再現性の無い事象であって、狙って出来ることではありません。筆者にとっては狙ってバズることは簡単なことかもしれませんが、万人がそれを出来るわけではありません。また、ネットの空気というのは流動的です。数年前に歓迎された態度が、現在では批判の対象になるということも珍しくありません。常にネットの空気を観察してバズらせるというのは相当なネットウォッチャーでなければ出来ないことで、それ自体が一つの職業になるほどです。店舗経営の片手間に出来るようなことではないでしょう。
本論とは外れますが、筆者の社会観察で鋭いなと思うところが随所にありました。たとえば誰でも自由にどうぞというオープンスペースが実際には非常に入りにくいとか、ワーク・ライフ・バランスならぬストレス・ノンストレス・バランスだとか。総じて筆者は相当に高い知性と教養を持っているハイスキルな人だと思います。ハイスキルな筆者に出来たことが、他人にも簡単に真似が出来るというのは考えない方がいいのではないかと思います。