ウィキペディアことはじめ

2013/8/12作成

はじめに

ウィキペディアは誰でも編集に参加できる百科事典です。ただし、”誰でも”の前に”方針に賛同していただけるなら”と書かれています(2013年2月1日にメインページが改訂され、この文章は現在は掲載されていません)。

あなたがウィキペディアを閲覧しているとき、間違っている箇所を見つけたとします。書籍や通常のウェブサイトであれば、発行者や管理人に連絡して修正してもらわなければなりません。しかし、ウィキペディアでは”ウィキ”というシステムを使っているため、その場で編集ボタンを押して修正することが出来ます。その修正が誤字の修正であれば問題になることはまずありません。しかし、文章の意味を変えてしまったり、新たな文章を追加したりする場合、それが方針に従っていないと問題になることがあります。実際、方針を理解せずに編集したためにトラブルとなり、嫌気がさしてウィキペディアから去っていってしまったという方がこれまでにたくさんいらっしゃいます。ウィキペディアは集合知と呼ばれるプロジェクトの一種ですので、参加者が多くなれば多くなるほど品質が上がります。せっかくウィキペディアに参加する気持ちになった方が、こうした方針を知らなかったがために去っていってしまうというのは、ウィキペディアにとってもその方にとっても不幸なことです。

では、実際のところウィキペディアの方針とはどのようなものなのでしょうか。実はこれがなかなかやっかいです。ウィキペディアの方針文書は現時点で数十本もあり、更に方針に準じるガイドラインという文書も数十本あります。更に更に、まだ正式採用されていない草案段階の方針やガイドラインもあったりします。それらの方針を全て理解してからでないとウィキペディアの編集に参加できないというは、現時的な話ではありません。実際、そこまで厳しいことは言われていなくて、参加しながら徐々に方針を理解すればそれで構わないという運用がされています。

だからといって、最初のうちは方針を一切守らず好き勝手していいかというと、そういうわけではありません。前述した通り、方針を守らなかった結果トラブルとなり、ウィキペディアを去ってしまうということは少なくないのです。そこで、最初のうちに気をつけるべき点についていくつか書いてみました。これを守っていれば絶対にトラブルにならないという保証はありませんが、ウィキペディアで日々起こっている初心者の方のトラブルはここに書かれていることが多いですので、そこそこ役に立つのではないかと思います。

なお、本書で取り扱うのはウィキペディア日本語版についてです。ウィキペディアは多くの言語版があるのですが、これらは言語ごとに別のプロジェクトとなっていて、それぞれ独立して自治されています。ウィキペディア日本語版の方針は他言語版のウィキペディアでも多くは通用するのですが、細かいところでは違っています。なので、ここで書くことはあくまでもウィキペディア日本語版についてということをご理解ください。

アカウントを作るかどうか

ウィキペディアの編集に参加する前に、まず考えて欲しいのがアカウントを取得するかどうかです。アカウントを取得することが推奨されてはいるのですが、強制ではありません。アカウントを取得しなくても参加することは出来ます。アカウントを使用するユーザをアカウントユーザ、使用しないユーザをIPユーザと呼んでいます。

ちなみにですが、アカウントユーザが偉いとかIPユーザが偉くないとかそういう区別はありません。ウィキペディアにおいては全ての参加者が平等であるとされていますが、IPユーザにはページの改名が出来ないとか投票できないなど、いくつかの制限があります。アカウントを取得することはそういった制限を外すという以外に、実はプライバシーの問題が大きく関わってきます。

アカウントを取得しないIPユーザの場合、投稿履歴に接続元のIPアドレスがそのまま記載されます。これは結構大変なことです。SNSでも掲示板でも、ほとんどのウェブサービスでは投稿者の接続元のIPアドレスは開示されていません。なぜなら、接続元のIPアドレスというのはプライバシー情報に当たるからです。IPアドレスが分かると、接続に使用しているプロバイダとおおよその住所地が誰にでも簡単に調べることが出来ます。接続元が会社や学校であると、その会社名や学校名が分かります。ウィキペディアでは全ての編集履歴が保存され、誰でもそれを閲覧できます。趣味性が高い記事や性的な記事などを編集したとして、それがどういう接続元から行われたかということが誰にでも分かってしまうのです。

アカウントを取得すると、接続元のIPアドレスを隠せるようになります。アカウントユーザの場合、編集履歴にはIPアドレスではなくアカウント名が記録されるのです。IPアドレスも実は記録されているのですが、これは誰でも見れるわけではありません。なので、プライバシーはかなり守られることになります。

ではプライバシーの点からアカウントを取得するのがお勧めかというと、実はそうとも言い切れません。と言いますのは、先ほども書きましたとおりウィキペディアでは全ての編集履歴が記録され誰でも閲覧できます。あるアカウントユーザがこれまでどのような編集を行ったかということも一望できます。自分の住所地に関する記事や自分が所属する会社や学校に関する記事ばかり編集していたりすると、ああこのアカウントユーザはこの辺りに住んでいるんだなとか、どこの会社や学校に所属しているんだなということが推測できます。ですので、アカウントを取得する場合には自分に近しい記事についてはあまり編集しないことがお勧めです。

アカウントに本名を使うのは避けよう

アカウントを取得するかどうかは前述のように一長一短があるのですが、アカウントを取得するとした場合にどういったアカウントにするかというのにも注意が必要です。なかには自分の本名を用いる方がいらっしゃいます。それ自体はご本人の自由ですので別に構わないのですが、しばらくしてからやっぱり本名が丸出しなのはまずいと思い直してアカウントを取得しなおしたり、アカウントの変更を申請したりする方もおられます。しかし、一度本名を出してしまったことは取り返しがつきません。ですので、最初にアカウントを取得するときは本名を使用するのは避けた方が無難です。やっぱり本名で活動しても構わないと思ってから変更することも出来ます。

多重アカウントは使わない

ウィキペディアでは一人の人が複数のアカウントを取得することは認められています。これを多重アカウントと言います。多重アカウントは認められているのですが、その使用方法はかなり難しいです。具体的には多重アカウントを用いての自作自演などは認められていなくて、投稿ブロックの対象になります。どのような使い方は不正な使用で、どのような使い方は適正であるかというのは方針文書に書いてあるのですが、最初からそこまで理解する人は稀でしょう。ですので、最初のうちは多重アカウントは使用しないことをお勧めします。方針を理解して適性に使用するなら多重アカウントを用いることは問題ありません。

タグを貼られたら

アカウントの説明だけで随分長くなってしまいました。しかし、ここで躓いてしまう方も多くおられるので、是非とも気をつけていただきたいところなのです。

ともあれ、ようやく実際の編集の話に入りましょう。既存の記事を修正するにしても、新しく記事を作成するにしても、初編集です。最初から荒らしが目的の方は別として、多くの方が編集をする動機は、ウィキペディアという集合知プロジェクトに自分も貢献したいと思ってのことだと思います。ですので、編集する内容も有益な情報であるとご本人は信じていることでしょう。

そうして初めての編集を行ったにも関わらず、他のウィキペディアンから編集を差し戻されたり、警告のタグを貼られたり、場合によっては記事そのものが削除されたりということがあります。当然、あなたは怒るでしょう。せっかく自分が有益な情報を提供したのに、それに対してなんという仕打ちであることか。怒り心頭になったあなたは、猛然と差し戻された編集を差し戻しなおしたり警告タグを剥がしたりというようなことは”絶対に”行ってはいけません。まずすべきことは、頭を冷やすことです。パソコンの電源を切って、布団をかぶって寝てしまうことを、強く強くお勧めします。

そして翌日になって落ち着いたら、あなたが行った編集に対してどのような対処がなされたのかを冷静に見てみましょう。差し戻し編集が行われた場合、要約欄に差し戻した理由が書いてあるかもしれません。警告のタグであれば、そのタグにどのように対応したらいいかの案内が書かれています。何がいけなかったのか、その理由を調べましょう。100%断言はできませんが、初心者であるあなたより、差し戻したりタグを貼ったウィキペディアンの方がウィキペディアに慣れていて方針も理解しています。ですので、差し戻しやタグ貼りの編集の方がウィキペディアにおいて正当である場合がほとんどです。稀にそうでない場合もありますが、自分が例外であるというようには考えない方がよいでしょう。誰しも、自分だけは違うと思ってしまいがちではあるのですが、これは自戒も込めまして。

対話には応じよう

全てのユーザには、自分専用の会話ページが用意されています。アカウントユーザはもちろんですが、IPユーザにもです。会話ページはウィキペディアン同士が話し合いをするためのページです。あなたが編集をしていて、他のウィキペディアンから会話ページにメッセージが届いたら、編集の手を止めて対話に応じてください。ウィキペディアはあなた一人で編集しているわけではありません。多くの人による共同作業です。方針には皆が従っているのですが、細かいところでは人によって考え方が違います。そうした人々が共同作業を行うと、意見が衝突することもあります。ウィキペディアではこうした意見の衝突は対話によって解決することになっています。決して対話を拒否してはいけません。またしても投稿ブロックの話になってしまいますが、対話拒否はそれだけで投稿ブロックの対象になりえます。

会話ページにメッセージが届くということは、あなたに何らかの用事があるということです。あなたの編集がとても素晴らしいものだったので、そのお礼のメッセージということもあります。そうしたメッセージであるなら、どういたしましてというだけのことです。そうではなくて、あなたの編集が何か問題があって、それを注意するというメッセージの場合もあります。こうした場合は、問題点を指摘されているわけですから、何が問題であるか理解して、今後は繰り返さないようにしてください。そして、そのように返答をするようにお願いします。指摘されている内容がよく理解できない場合は、そのように返答しましょう。更に詳しく問題点について説明してくれると思います。

問題点がどうしても理解できない。もしくは、どう考えても不当な指摘であると思えることもあるかと思います。その場合でも、対話を打ち切ることはしないでください。それは対話拒否になってしまいます。どうしても指摘されている点が問題であるとは思えないということを具体的に理由を述べて説明してください。もしかしたら、相手の指摘が間違っていたということが、それで判明するかもしれません。また、双方がどうしても納得しなかった場合でも、あなたの会話ページを見ているのはあなたと相手の二人だけではありません。実は結構多くのウィキペディアンが見ているのです。対話がうまく進んでいない状況になってくると、他のウィキペディアンが対話に参加してくることもあります。そうしてうまく解決するかもしれません。

ともかく、対話がはじまったら解決するまで記事の編集の手は止めて対話しましょう。

礼儀正しくする

対話をするときに特に気をつけていただきたいのは、礼儀正しくするということです。特に意見が対立している場合、議論がヒートアップしてしまうと、時には感情的になることもあるでしょう。人間ですからそれは当然のことなのですが、その感情を文章に込めるのはやめましょう。言われた相手は更に感情的になり、お互いにヒートアップを繰り返すばかりで議論はおざなりになってしまいます。言葉が過ぎて暴言になってしまうと、これも投稿ブロックの対象です。

この辺りはネットにおけるテキストによるコミュニケーションの問題としてjunetやパソコン通信の時代から何十年も言われていることの繰り返しです。しかし、何十年経っても同じことが言われているというのは、それだけ普遍的な問題でもあるということなのでしょう。その何十年も繰り返されている注意と同じような注意書きがウィキペディアにもたくさんあります。その根本が礼儀を忘れないということです。

議論をしていると、相手が自分に対して悪意をもっているのではないかと思ってしまうことがあります。しかし、それはほとんどの場合において単なる思い込みです。相手の言葉を悪意を持って受け止めるのではなく、善意に解釈しましょう。意見が対立していても、お互いにウィキペディアンとしてウィキペディアをよりよく発展させようとしているという目的は一致しているはずです。その共通の目的を目印にして冷静に議論をしましょう。

出典を用いて書く

ウィキペディアの編集をしたことがない方でも、要出典というタグを見たことはあるのではないかと思います。ある意味、ウィキペディアを象徴するタグでもあります。

前述したとおり、ウィキペディアには多くの方針がありますが、その中でも大切なものとして三つの方針があります。それは「検証可能性」「中立性」「独自研究は載せない」です。他の多くの方針はウィキペディアン同士の議論によって改訂や廃止されることがあり得るのですが、この三つの方針はそれがありません。それくらい大切な基本となる方針です。

出典を用いて書くというのは、三つの方針に大きく関わります。基本的には「検証可能性」に関わるのですが、「中立性」「独自研究を載せない」にも関わります。というか、この三つの方針はお互いに影響しあっていて、三つで一つの精神を表しているとも言えるのです。

具体的な話に入りましょう。ウィキペディアの記事の記述は、よほど自明なことでない限り、全てにおいて出典が求められます。出典とは、元になる資料のことです。例えば「アメリカ合衆国の大統領はバラク・オバマである」と記述したかったら、オバマ氏が大統領に就任したことを報じる新聞記事などを元にして書かなければなりません。そして、その元になった新聞記事に関する出典情報を併記しなければなりません。

よくある勘違いは、ウィキペディアは正しいことを書かなければならないということですが、実は違います。極論すると、ウィキペディアには間違ったことを書いても構いません。ただし、それは出典がある情報であればです。別の言い方をすれば、情報が真実であるかどうかはウィキペディアは保証せず、出典に丸投げすることになっています。神が存在するかどうかを記述する場合、ウィキペディアでは「ある資料には神が存在すると書いてある。別の資料には神は存在しないと書いてある」と書くわけです。いくら間違いなく真実であっても資料に書いてないことや資料が存在しないことは書いてはいけません。資料が間違っていたとしてもです。資料が間違っているなら、資料の出版元に修正するように掛けあうか、別の資料を探しましょう。とにかく資料に書いてあることを書くのです。それがウィキペディアなのです。

また、資料は何でもいいわけではありません。信頼できる資料でなければなりませんし、検証できる必要もあります。よくある失敗は「テレビで観たこと」を書くことです。テレビ番組自体は信頼できる資料なのですが、残念ながらいつでも誰でも検証できるわけではありません。再放送されることがあったとしても、その再放送を見逃せばおしまいです。あなたが個人的に録画していていつでも検証できるとしても、それは誰でも検証可能というわけではありません。しかし、そのテレビ番組がDVDとして発売されたら話は変わります。そのDVDを購入することは基本的に誰にでも出来ますので検証が可能になりウィキペディアで資料として用いることが出来ます。多くの場合は書籍、新聞、雑誌などが資料として重視されます。こうした資料はいつでも誰でも入手して閲覧できますし、バックナンバーは国会図書館に所蔵されています。信頼できるウェブサイトも資料として使用できますが、サイトが閉鎖すると検証できなくなるため注意が必要です。

とここまで書きましたが、実際のウィキペディアの記事を見てみると、出典の無い記述もあります。というか、とてもたくさんあります。より現状を正しく言えば、ほとんどの記述に出典が付いていません。実は、このことを多くのウィキペディアンは憂慮していて、なんとか改善しようと努力しているのです。具体的には、後付けでもいいので出典を付けたり、どうしても出典の見つからない記述は除去したりといったことです。ですので、これから新たに記述を追加するときは、出典を伴って行うようにしましょう。

何でも記事にしていいわけではない

ウィキペディアの大きな特徴の一つに、紙の百科事典ではないということが挙げられます。他言語版ではウィキペディアを印刷して出版したこともあるそうですが、それはあくまで一時点のコピーを作成したにすぎなくて、ウィキペディア自体は常にインターネット上のウェブサイトとして存在します。

紙の百科事典ではないことで、ウィキペディアはページ数の制限がありません。紙の百科事典ではページ数の制限で記述や記事数を削らなければならないとしても、ウィキペディアではそのようなことはないのです。しかし、だからといって何でもかんでも記事にしていいわけではありません。まだ草案段階ではあるのですが「特筆性」という方針があります。ウィキペディアの記事として収録するには一定の特筆性が必要であるとし、その基準を定めたものです。草案ではありますが、実際にある程度運用されています。

そのため、特筆性に欠ける記事は削除される場合があります。近所の八百屋さんは電話帳で検証可能ですが、どこにでもあるなんの変哲もない八百屋さんならば特筆性がないと判断されるかもしれません。どういう事物が特筆性があるかというのは判断が難しいので、最初のうちは新規に記事を作成するのではなく、既存の記事の修正を行いながら慣れていくのがいいでしょう。

存命人物記事は特に注意

ウィキペディアは百科事典ですので、色々な事物についての記事が掲載されています。有名な人物に関する記事もありますし、そのなかには故人ではなく存命の方の記事もあります。この存命人物の記事については、特に注意が必要とされています。といいますのは、存命人物記事の場合、対象となる人物が現在も存在していらっしゃるので、問題のある記述があった場合にはその人物のご迷惑になる可能性があるからです。

これは実際に英語版で起こった事件なのですが、とある存命人物の記事に死去情報がいたずらで加筆されました。その方は毎日マスコミに登場するわけではなかったので、死去情報がいたずらとはなかなか分かりづらく、友人までが「彼は亡くなったんだ」と信じてしまったとのことです。もちろん、最終的にはその方の記事は正しく修正されたわけですが、このいたずらによって当該人物の方は随分と気分の悪い思いをされたわけです。この事件をうけて、ウィキメディア財団では存命人物記事に対して特別な配慮を行うようにという声明を出しています。

著作権は守ろう

ウィキペディアの記述は出典を必要としますが、ならばということで出典の文章を丸写しにする人が居ます。これはウィキペディアの方針に関係なく、著作権法という法律に違反します。著作権が保護されている文章(出典とする資料の文章のほぼ全てが該当します)を転載することは決して行ってはいけません。

記述には出典が必要で、でも出典を転載してはダメだったらどのように書けばいいのだとお思いかもしれませんが、それは出典に書かれている内容を自分の文章で書けばいいのです。文章は著作権の保護の対象ですが、文章に書かれた内容は保護の対象にはならないからです。また、著作権保護対象外の文章を転載することは問題ありません。源氏物語の原文は著作権が保護されませんので転載しても大丈夫です。ただし、現代語に翻訳したものはまだ著作権が保護されているかもしれませんので、その場合は転載できません。著作権法で許されている引用も、引用の条件を守る限り問題ありません。

社会正義の実現場所ではありません

独自に調査した告発レポートを記事として投稿する方がおられます。そして、こうした情報を広く世間に知らしめるのは社会正義に基づいた行動であると主張されたりします。その情報は本当に社会にとって有益なものかもしれませんが、残念ながらウィキペディアはそのような情報を掲載するための場所ではありません。その情報を広く社会に知らしめたいのであれば、新聞社やテレビ局に持ち込んで報道してもらうか、出版社に掛け合って書籍として出版してください。それが難しいとしても、今なら個人ブログで広く社会に影響を与えることは不可能ではありません。そうして社会に広く知られるようになったら、その資料をもとにウィキペディアに記事が作られるようになるでしょう。ウィキペディアにおける順序はそのようになっています。最初にウィキペディアに持ち込んではいけません。

自分自身の記事は作らない

ウィキペディアで記事を書こうと思ったら、最初は自分のよく知っていることを書くと思います。知らないことを調べて書くよりも、既に知っていることを書くほうが楽ですし、集合知であるウィキペディアでは、それぞれの人が持っている知識を持ち寄ることで成り立っていますから、それは間違っていません。ただ、よく知っていることというのは身近なことであることが多いでしょう。貴方が著名人であれば自分自身のこともそうでしょうし、学生さんなら通っている学校、社会人の方なら勤めている会社などは、よく知っていますよね。ということで、こうした記事を作成したり加筆したりすることを考えると思うのですが、ウィキペディアではそれは出来れば避けておいた方がいいということになっています。理由はいくつかありますが、一つは自分が関わる事物であるとどうしても身びいきになってしまって中立的な記述になりにくいこと。また、よく知っているがゆえに知識だけで書いてしまって出典を伴わなくなってしまうことなどが挙げられます。詳しく知っているがゆえに、百科事典としては必要のないような些細な情報まで書き込んでしまうということもあります。

こうしたことを避けて、中立的・客観的に書けるのであれば自分自身に関する記事も書いて構わないのですが、なかなかその制御は難しいです。ですので、自分自身に関する記事を書くのは避けることが推奨されています。

要約を書く

ウィキペディアに投稿する場合に、要約を記載することが出来ます。出来ますというか推奨されています。実際にはほとんど書かれてませんけどね。

要約とは、その編集がどういう内容であるかを簡単にまとめたものです。編集履歴は全て残っていますので、過去にどのような編集が行われたかも記録を見れば分かるのですが、編集の履歴が多くなるとその記録を追いかけるのが大変になります。そうしたときに編集の概要が書かれていると、履歴を追いかけるのがとても楽になります。

ということで、要約は出来るだけ記載するようにしましょう。

連続投稿は避ける

投稿した後に、誤字などの間違いを見つけることがあります。プレビュー機能で事前に確認することが推奨されているのですが、なぜか人間というのは後になってから気が付くことが多いです。まあそれは仕方がありません。ということで、同じ記事を続けて編集を行うこともあります。これは特に問題視されていません。

問題となるのは過度な連続投稿です。誤字の修正や推敲を短時間で繰り返し、何度も何度も投稿を繰り返す人が居ます。当人としてはワープロで文章を作成していて、こまめに保存しているつもりなのかもしれません。しかし、何度も書いていますがウィキペディアでは全ての編集履歴が保存されています。10回保存すると履歴が10個残ることになります。これはサーバの資源を浪費するという意味でも多少問題ではあるのですが、それよりも履歴の閲覧性が著しく悪くなることが問題になります。その記事を編集するウィキペディアンは過去の履歴を確認することがよくあります。そうしたときに履歴の閲覧性が悪くなると、編集作業の効率が悪くなります。その履歴が必要なものであれば仕方がありませんが、推敲の過程で何度も保存しただけというようなものであると、それは勘弁してくれという気持ちにもなります。

ということで、文章の推敲や確認はプレビュー機能を使って行い、過度の連続投稿は行わないようにしましょう。

ルールを無視するとは

最後に紹介するのはルールを無視するというルールです。ここまでルールの話をたくさんしておいてなんだそれはとお思いでしょうが、これはいわば守破離です。最初のうちはとにかくルールを守りましょう。ウィキペディアは既に10年の歴史があります。その間、何万人ものウィキペディアンが参加してきました。全てのルールはこのウィキペディアンたちが10年の月日を掛けて作り上げてきたものです。もちろん完全ではありませんが、それなりに裏付けがある妥当なものになっていると推定することはできるでしょう。なので、まだ何も分からないうちはそのルールを守ることは道しるべになります。

しかし、ルールも完全ではありません。ルールを理解するに従い、だんだんそれが十分ではないところにも気が付いてくるでしょう。そうしたら、ルールを変える事も出来ます。もちろん、単独で勝手に変えてはいけません。ウィキペディアンのコミュニティに提案し、合意を得ることが出来ればルールは変えられます。

そして、何よりも忘れてはならないのは、ウィキペディアというのは百科事典を作るためのプロジェクトであるということです。ルールはそのために存在するに過ぎません。ルールを守ること自体が目的ではないのです。実際、自己矛盾的ですがウィキペディアは規則主義ではないという方針もあります。あなたが既存の多くのルールとその背景を理解して一人前のウィキペディアンになったとき、どうしても百科事典を作るという目的とルールとが矛盾する事態に直面したら、ルールを破る勇気を持ってください。なぜなら、百科事典を作るのが私たちの目的なのですから。

もちろん、この最後のルールを悪用するのは厳禁です。


あおやぎのさいと2.0 新人うぃきめでぃあん日記