レッツ合資会社の思い出

2022/2/20作成

今は私は派遣社員として働いているのですが、かつてはフリーランスをしていました。個人事業主として始めたのですが、途中から面白半分に法人化しました。その際に選んだのが合資会社です。そして、法人設立から運営に至るまでお世話になったのが、当時存在した「レッツ合資会社」というサイトです。もうサイトは閉じられてしまいましたが、管理人さんとは今でもつき合いが続いてたりします。ここでは、レッツ合資会社とその時代背景について少し書いてみたいと思います。

きっかけは1990年代のインターネットブームの到来です。ウェブという新しい技術がウェブエンジニアやウェブデザイナーという新しい職種を生み出しました。これらの職種はもちろん企業の中でも発生しましたが、個人で行う人もありました。中には学生でアルバイトとして請け負っていた人もいたようですね。インターネットの技術は大学や研究機関で培われてきましたから、企業人よりもむしろ大学生の方が先端を走っていた時代でもありました。慶大SFCの学生が大企業のホームページを直接請け負って制作したなんて話が乱舞していた時代です。

インターネットを含むIT技術の発達で、個人規模で出来る仕事の幅が広がってきたのもこのころです。従来の仕事はちゃんとしたオフィスで設備が整ったところで行うのが当たり前でしたが、ITの発達でパソコン一台あれば仕事が出来るようになってきました。また、インターネットの発達で地理的に離れた状態でも仕事が出来るようにもなりました。当時は結局は夢物語で終わってしまいましたが、SOHOといって今で言うリモートワークのようなことが当たり前になるとも言われてきました。

長々と書いてきましたが、要するにITの発達によってフリーランスブームが到来したんですね。それが1990年代から2000年代にかけての話。パソコン一台持って自宅で仕事を請け負うような人たちが登場したわけです。

フリーランスが登場すると、今度は法人化という話になってきます。これは二つの側面があります。一つは税制面。日本の税制では売上げが増えると個人事業主では税金が高くなります。そのため、ある程度の売上げが立つようになると個人で仕事をしていても法人化するというのは昔からありました。税制の細かい話はここでは省略しますが、基本的には今でも法人化した方が税金が安くなるという税制は変わっていません。でも最近ではフリーランスで法人化しようって話はあんまり聞かないですけどね。なんででしょうね。

もう一つは、取引相手の都合です。多くの会社において、これまで個人事業主との取引という経験がありませんので、形式的にでもいいから法人化して欲しいという要望を出されることがありました。こちらは現代ではかなり少なくなってきたでしょうかね。あんまり聞かなくなった話だと思います。

ともあれ、ある程度稼げるようになったフリーランスは法人化を検討します。ここで問題はどの法人種別を選択するか。この頃日本には営利企業として4つの法人種別がありました。株式会社、有限会社、合資会社、合名会社です。経営学の本などでは当然この4つが紹介されますが「ほとんどが株式会社か有限会社であり、合資会社と合名会社は滅多に採用されない」と記述され、以後株式会社と有限会社の説明だけになって事実上無視されているのが合資会社と合名会社です。実際、法人数としてもほとんどが株式会社か有限会社であって、合資会社と合名会社は非常に少ないんですよね。歴史的経緯でしょうが、そのほとんども作り酒屋さんとかだったりして、少なくともITを駆使するフリーランスが選択する雰囲気ではありませんでした。

しかし、合資会社と合名会社には株式会社や有限会社にない大きな特徴があります。それは最低資本金規制が無いこと。これは無限責任社員を有することから、資本金による取引先保護が必要ないということからではないかと思いますが、まあその理由はともかく。この頃の株式会社は1000万円、有限会社は300万円が最低資本金になっていました。IT革命以前でしたら、会社を興すのには最低それくらいの資金が必要でしょというのはもっともな話だったのですが、パソコン1台で仕事が出来るようになったのにこの金額は過剰に大きいです。それでもお金がある人は有限会社や株式会社を設立してたのでしょうが、みんながみんなそこまで資金的に余裕があるわけではありません。そこで法律の隙間を縫うように行われたのが合資会社と合名会社での法人化です。実際には合名会社が選択されることはなく、合資会社がほとんどでしたけれど。これは合名会社では無限責任社員、つまり社長が二人以上必要になることが、フリーランスの起業に向かないことからだと思われます。合資会社の場合は無限責任社員はフリーランス本人ただ一人で構いません。あと一人だれか、出資だけをしてくれる人を有限責任社員に据えればいいのですから。

こうして2000年頃には一部のフリーランスの間で合資会社を設立する動きが広まります。その時代に登場したのが「レッツ合資会社」というサイトです。ああ、ここまで説明するのが長かったな。

「レッツ合資会社」は管理人さん自身も合資会社を設立したフリーランスの方で、そのノウハウを提供したり、掲示板で合資会社設立や運営の相談に乗っていらっしゃいました。当時、法人化を検討していた私も「レッツ合資会社」にたどり着き、そこでノウハウを学んだり掲示板で相談に乗ってもらっていたりしました。レッツ合資会社ではオフ会も何回か開催されましたが、当然参加者は全員フリーランスです。なかなか濃い集まりでしたねぇ。参加者の方がオフ会参加費を経費にするために領収証が欲しいというのですが、その振り出し名を「レッツ合資会社」にはできなくて困った、なんて話もありました。サイト自体は法人ではないから「合資会社」という名称を含んだ書類を出せないんですよね。

もう昔のことですから、当時お会いした方もほとんどが音信不通になってしまいましたが、管理人の方とは今でもネットを通じてつき合いが続いています。私にとって師匠と呼べる人は何人かいるのですが、レッツ合資会社管理人の化猫さんは間違いなく師匠の一人です。

さて、その後の合資会社を巡る世の中の動きも少し書いておきましょう。合資会社が小規模起業に利用されるようになったことから、国も実態にあわせて動き出します。まず確認株式会社、確認有限会社という特例制度が作られました。これは特別に最低資本金規制を取っ払おうというものです。0円には出来ないので1円ですけどね。1円で会社が作れるようになったといって当時ニュースでよく騒がれました。実際には合資会社と合名会社でも1円で作れたんですけどね。また、1円でいいのは資本金であって、登記手続きに必要な費用は相変わらず必要ですし、実際にビジネスを行うには必要な元手も必要です。パソコン1台で仕事が出来ると言っても、パソコンは1円では買えませんしね。

確認株式会社と確認有限会社の試行によって実績が確認され、いよいよ会社法が設立されました。この際に株式会社の最低資本金規制は正式に撤廃さたのです。もうフリーランスが法人化するときに合資会社を選択する必要はないですね。だって合資会社だと無限責任ですもん。また、同時に有限会社は使命を終えて新規設立が行えなくなったのと、新規に合同会社というものが作られました。株式会社の最低資本金規制はなくなりましたが、大きな企業を運営できるように様々な仕組みが導入されています。小規模企業においては余計な仕組みも多いことから、簡易版株式会社とでもいう感じで作られたのが合同会社です。合同会社も有限責任社員のみで構成されますから、無限責任のリスクは負わなくてよいわけです。フリーランスが法人化するなら、合同会社を使うのがスマートでしょうかね。とはいえ、最近はフリーランスが法人化するって話はあんまり聞かなくなりましたけどね。なんでなんでしょうね。ITエンジニアになってフリーランスでこれだけ稼げますって広告記事は山ほど見るんですけどねぇ。

最後に余談になりますが、記憶に頼った話を少しだけ。株式会社の最低資本金が1000万円、有限会社が300万円だったと書きましたが、それ以前にはもっと少ない時代もあったんですよね。町工場や個人商店などが法人化する際によく利用していたようです。しかし、資本金が少ないということは債権保護が不十分で市場の安定性が損なわれるということで最低資本金が1000万円と300万円に引き上げられたと。それ以前に設立された法人は移行期間中に増資を行わなければならなかったのですが、小さな商店ではそこまでの資金を集めることが出来ず、移行期間の終わりに泣く泣く廃業が相次いだというニュースをみた覚えがあります。多分1990年代の話だったと思いますが。その頃に増資が出来なくて泣く泣く廃業した方々、わずか10年ほど後になって最低資本金規制が撤廃されたのをどのような気持ちで見ていたのかなぁというのはちょっと気になっています。実際には個人商店がたちゆかなくなっていく時代背景がありましたから、廃業するちょうどいいきっかけになったという方も多かっただろうなとは思いますけれども。