distributed.netな日々:2019年1月

2019年1月5日:Distributed.netの科学的意味

あけましておめでとうございます。今年もLet's Cracking!!

さて新年早々ですが、先日チームメンバーからもらった質問に回答したいと思います。 それはDistributed.netの科学的意味について。 以前もどこかに書いたような気もするんですが、重複になっても気にしないということで。

Distributed.netの現在進行中のプロジェクトはRC5-72とOGR-28の二つです。 まずOGR-28について。

OGR-28はOGR=最適ゴロム定規を探すプロジェクトです。 長い最適ゴロム定規を探すのは非常に困難なため、Distributed.netではこれを総当たりで探索しています。 最適ゴロム定規は長さ27までは既知ですが、長さ28以上のものは未知となっています。 つまりOGR-28で行っているのは人類にとって未知の知識の探索です。 未知のものが発見されれば、数学的に意味はあります。 多分ですが、数学史の端っこくらいには書かれるんじゃないかと思います。 しかし、それが数学的に意義の大きな発見かというとそうとは限らない。 おそらくですが、円周率がすごい巨大な桁まで計算できたとか、未知の巨大素数が見つかったとか、それくらいの意義ではないかと思います。 意義がないわけではないけど、数学という学問においてはさして重要度の高い発見とは言えない。 もちろん科学の世界のおいては重要と思えないと思われていた事柄から後に重要な発見に繋がることがありますので全く無意味ではないでしょうけれども、当面は大量の既知の知識の山の中に眠っていってしまうのではないかと思われます。

次にRC5-72について。こちらは科学的な意味は実はありません。 なんせ、解読する暗号文の解答をRSA社が知っているのですから。 非公開ではあるものの、すでに人類が知っているものを当てたところで人類の知識が増えるわけではありませんね。

RC5-72を解くことに科学的意味がなかったとしても、解く過程には多少なりとも意義はあるでしょうか。 RC5-72がどれくらい堅牢な暗号であるかを検証するという意味はあることはあるでしょう。 でも堅牢性を検証するだけなら数日程度解析を行って何パーセント解析できたかを確認し、あとは掛け算をするだけで堅牢性はわかってしまいます。 理論的に堅牢性がわかったとしても、実際にそれを検証することに意味があると言われれば、無くはないでしょうけれどもそのために投入されるリソースがあまりにも見合ってないと思われます。 そんなリソースがあれば、もっと他の研究を進めた方が有意義かもしれませんよね。

数学的な意義は少なくても、情報工学的な意義は多少はあるかもしれません。 それはグリッド・コンピューティングの実際の運用知見が得られるということです。 ただ、これもどうでしょうかね。 まずグリッド・コンピューティング自体がほぼオワコンになってしまいました。 理由は主に二つ。一つはセキュリティ意識が高まり、本来の目的以外のプログラムを実行させることが倫理的に困難になったこと。 もう一つはCPUの省電力技術の進歩により、余剰のCPUパワーというものが焼失したこと。 それでも情報工学的にはグリッド・コンピューティングを研究することは意義はあるでしょうけれど、それが実用化されて社会の役に立つようになるかというと、おそらく難しいのではないかなぁという気がします。

ということで、Distributed.netの活動において科学的な価値というのは実はほとんどなくなってしまっています。 では活動に意味がないかというと、そんなことはありません。 「楽しい」という意義があるじゃないですか。

ということで、今年もLet's Cracking!!

2019年1月15日:IBMが量子コンピュータシステムを史上初めて商用化

IBM、CESで史上初の商用量子コンピューターを発表――20Qビットだがパイオニアとして大きな意義

量子コンピュータ自体はかなり以前から提唱されています。 抜け作の私は詳細がよくわかってませんが、従来のコンピュータでは解決困難な課題をさくっと解決してくれる夢のコンピュータですよね(ひどい理解だな)

概念自体はかなり以前からありながらも、実現が非常に困難だったようで、数年前にようやく実験システムが動作したとかニュースを見たような気がします。 そして、ついにシステムとして商用化ですか。

もちろん今回のシステムは初物ですので、実用的な性能があるかというとそうではなさそうです。 実際には量子コンピュータを研究する機関が購入して研究用途に使用することになるでしょうね。 それでも歴史的な一歩には違いないのでしょう。

この量子コンピュータ。 単なるコンピュータ業界のニュースというだけではなく、Distributed.netとも深い関係があったりします。 というのは、Distributed.netが挑戦しているRSA暗号というのは巨大な合成数の素因数分解が従来型コンピュータでは困難であることを用いています。 つまり、従来型コンピュータでは用意に解読できない暗号であると。 ところが、量子コンピュータは巨大な合成数の素因数分解などの問題を得意としているらしいのですね。 量子コンピュータが実用化されると、原理的にはRSA暗号は実用的な暗号ではなくなってしまうわけです。 RC5-72がDistributed.netによる総当たりではなく、量子コンピュータによって解読される方が早くに行われるかもしれない。 そう考えると、ちょっとわくわくしませんか?私はわくわくしました。

それにしても、こうしたコンピュータ史に残るような大きな業績というのはやはりIBMから出てくるのですね。 日本で言えばNTTなどもそうですが、歴史ある巨大企業というのはIT業界のドッグイヤーの風潮の中では軽視される傾向にあるように感じますが、やはりこうした重要な基礎研究というのは大きな企業から出てくるものですかね。 だからってベンチャー企業が劣るわけでもないのですが。 それぞれ役割が違うのかな。 ともあれ、改めてIBMの「Big Blue」の名に相応しい業績に敬意を表したいと思います。

2019年1月17日:51番目のメルセンヌ素数が発見される

新年早々ビッグニュースが飛び込んできました。 って、実際には昨年12月の発見だったそうなので、一か月遅れのニュースなんですけどね。 私が知ったのはdistributed.netの以下のツイートからでした。

Congratulations to our friends at GIMPS who recently discovered the 51st known Mersenne Prime number! https://t.co/j2lojRUglx

— distributed.net (@dnetc) 2019年1月17日

GIMPSによるプレスリリースはツイートにもあるGIMPS Discovers Largest Known Prime Number: 282,589,933-1ですね。

51番目のメルセンヌ素数は24,862,048桁もあるそうで、50番目のメルセンヌ素数の23,249,425桁よりも100万桁以上大きいですね。 49番目は22,338,618桁なのでなんとなく法則性がありそうに感じてしまうのは多分私だけですよね。 そんな単純なわけはないですので。

50番目は2017年12月に発見されているので、その間は約1年。 49番目は2015年9月なので1年とちょっと。 いい感じのペースで発見が続いているというところでしょうか。