人は常に最善の選択をしている

2026/9/30作成

以前2位じゃダメなんですという記事を書きましたが、これをさらに一般化したようなお話です。

ちなみにリンク先の話は「取引成立する際には必ず1位の事業者が選択される。ただし1位の条件はかなり複雑だし、選ぶのがメンドクサイからといったかなり雑な条件も入ってくる」です。

さて、人の行動には常に前提として選択と判断があります。今日の昼ご飯にラーメンを食べるという行動をしたとしたら、その前提として食べたいものの中からラーメンを選択しているというわけですね。そしてその選択は常にその人にとって最善の選択であるということです。他に食べたいものがあるのにラーメンを食べるということはありません。いやほんとうは遠くにあるレストランのランチを食べに行きたいけど今日は時間が無いから近場のラーメンにするんだよというかもしれませんが、その場合は時間という要素も含めて判断した結果として最善がラーメンであったということなんです。

この行動選択には「朝からスタバにチェックインして資格勉強」みたいなキラキラしたものだけではなく、「夜更かししたら明日寝坊してしまうのにSNSを見るのを辞められない」といったドロドロしたものも含みます。明日寝坊してしまうのを防ぐというのは正しい選択判断ではあるのですが、それを上回る魅力がSNSにはあるためにやめられないわけです。その結果として遅刻して上司に怒られてしまうことも含めて、選択判断の1位がSNSなんですね。

上司に怒られるのはまずいだろうとか、それが続いて最悪クビになったらどうするんだという現実もあるわけですが、その瞬間の選択判断においてはSNSが勝ってしまう。脳の報酬系のバグという説明も出来るんだけど、それも含めて1位の選択判断なんですね。これを「俺は意志が弱いからSNSを見てしまうんだ」と自省しても、SNSを見るのはやめられないわけでして。

さらに極端な例をあげると、ギャンブル狂の人がダメだと思ってもギャンブルをしてしまうように、アルコール中毒の人がダメだと思ってもお酒を飲んでしまうように。これらは依存症という病気ですから、意志の力で押さえつけることは出来ません。病気の力によって、ダメな行動をしてしまうという選択判断の1位が決まってしまっているのです。

結論として何が言いたいかというと、「俺は弱くてダメな奴だ」という反省は何の意味もないということです。仕組みとしてこのような選択判断になっていますので、行動を変えるには選択判断の仕組みを変えないといけないということです。依存症なら治療をしましょうということですね。SNSを見るのをやめられないのは、SNSに脳の報酬系を刺激する仕組みがあることと、自分自身の中に短期的な快楽に逃避したいという心理があるからなんです。その仕組みを解きほぐさないと、いくら「今日から絶対SNSを見ない」と決心したところで何の効果もありません。