星新一賞に応募した話

2026/9/30作成

今のAIブームは2022年11月にChatGPTがリリースされたことに端を発していますが、もちろんそれ以前から長いAI開発の歴史はあります。その歴史の中で多くのターニングポイントもあったわけですが、その一つにAIが執筆した(正確には人間が大半を作業しAIは補助的に一部に使われたのみ)ショートショート小説が星新一賞の一次選考を通過したことがあります。2016年のことですから、今から10年前のことですね。今やAIで小説を書くなんて当たり前のことですから、10年で隔世の感がありますが、それは一旦おいておいて。

ちなみに野暮を承知で説明を追加しておくと、星新一というのは言わずと知れたSF小説家です。特にショートショートの名手として知られ、生涯で1000篇以上の作品を残しています。星新一賞というのは星新一を記念して作られた文学賞で、ショートショート及び短編小説を対象にしています。他の文学賞には見られない大きな特徴として、人間以外が作成した作品での応募も可能ということです。人間以外というレギュレーションですのであらゆる可能性が考えられるのですが、その中にAIも含まれるわけですね。いかにも星新一らしいレギュレーションと言えるのではないでしょうか。以上、野暮な解説終了。

このニュースの解説の中で「文学賞の一次審査は小説の形を成しているかどうかをみるだけなので、作品的な品質は問われない」というものがあり、それなら逆に小説を全く書いたことのない私でも一次審査だけなら通過できるのではないかとアホなことを考えて執筆したのが、これから紹介する文章です。

読んでいただければ分かる通り、小説としての形すら成していませんね。実際、一次審査にも通りませんでしたし。そんな駄作とすら言えないような文章ですが、今更これを思い出したのは人間とAIとの関わり方について意外といい示唆を示しているのではないかなと思えたから。生成AIが登場する以前にこの発想が出来てるのは、意外と自分としてはよくやったのではないかと自画自賛したりもする。思いついただけで、そこから何らかの成果に結びつけたわけではないので、結果としては偉そうなことは言えないのですが。

ともあれ、自分としても現代と合わせて再考するためにも、ここに再渇してみようと思う次第です。ちなみにこの文章はコピー誌としてコミックマーケット91(2016年冬)に出品しましたので、見本誌がコミックマーケット準備会に残っているはずです。なので、現代に過去を偽って投稿したものではないということで(誰がそんなことをいちいち疑うんだよ)


「人の夢。人工知能の夢。」

「人間の書いた作品が月旧二賞の一次選考を通過」

飛び交う膨大な日々のニュースの中に、一つそんな小さな記事が流れた。

月旧二というのは、世界最初の人工知能の商業作家の名前だ。ショートショートを中心に1000編ほどの作品を発表している。今は退役して、そのシステム一式は産業遺産として博物館に展示されていると聞いたことがある。月旧二賞はこの人工知能の名機を記念して作られた文学賞だ。

宙古二のデビュー以来、小説を執筆する人工知能は発展し、出版される作品の全てが人工知能によるものになって久しい。

人工知能による執筆の特徴の一つは、圧倒的な執筆スピードだ。有名な○ペシリーズの執筆も今は人工知能に引き継がれているが、一時間に一冊のペースで出版されている。最新巻はまもなく100万巻に到達する勢いだ。そんな出版スピードでは人間が読むのが追いつかないため、同時に人工知能による要約版も出版され、読者は普段はそちらを読んでいる。要約とともに人工知能による書評も発表されるので、書評で評価の高い巻を選んで読むのが一般的なファンの姿だ。チームによるリレー形式で全館読破を目指すファンサークルなども存在するが、一度脱落すると再挑戦はほぼ不可能なためサークルも減る一方だとか。

人工知能による執筆が変えたのは出版スピードだけではない。誤字脱字や文法ミスなどは当然完全に取り除かれるが、物語の構成チェックも完璧になった。未回収の伏線が残ることはあり得なくなったし、登場人物の設定矛盾などもあり得ない。完璧になりすぎて人間味が無いと評する人も一部には居るが、大多数の人は安心して楽しめる人工知能の作品を評価しているようだ。

作品とともに読書スタイルも変化した。読書機は三次元に表示され、読了した部分の物語の構成がリアルタイムで表示されるようになっている。出てくる用語がわからなかったら、少し視線を止めるだけで用語解説も表示される。解説からさらに関連する作品に遷移することも可能で、読書という行為は一冊の本を対象にするのではなく、全世界の文書全てが対象になるという仕組みだ。

解説されるのは用語だけではない。物語がこれまでどのような経緯で進んできたか、わからない点はいつでも即座にガイド表示されるし、行間と呼ばれる内容も、いつでも呼び出して表示させることができる。

一部の読書マニアは、このような便利になった読書機をあえて使わず、昔ながらの紙の書籍をページをめくりながら読んでいくという行為を行っているそうだ。しかし、そうした行為は時代の流れについていけない懐古趣味だというのが世間一般の評価といったところだろう。

人工知能による執筆が実現した要因としては、なんといっても「面白さ」という感性の領域を人工知能が評価できるようになったのが大きい。無限に近い推考の繰り返しを行い、より面白く昇華された作品の完成度はすさまじく、それを読んだ人間はからすると従来の人間による小説は粗が見えすぎてしまって読むに耐えないものになってしまう。最初はキワモノと思われていた人工知能による小説だが、臨界点を突破するとあっという間に人間の作家を追いやってしまった。小説は人工知能が書くのが当然となってから既に百年以上の年月が経過している。

さて、冒頭の月旧二賞は文学賞だが、当然のことながら応募作品も全て人工知能によるものである。審査員も人工知能だ。月旧二賞が独特なのは、ほかの文学賞では人工知能以外の応募は受け付けていないのに対して、唯一人間による作品による応募も認めていることだ。もっとも、月旧二賞を制定した人たちも、まさか人間が実際に作品を応募してくるとまでは思っていなかったらしい。あくまでも、世界最初の人工知能作家である月旧二にちなんで、逆に人間にも門戸を開いておいたというだけのことだ。それくらい人工知能と人間との能力には差があるのが現代だ。にもかかわらず実際に応募する人が現れ、しかも一次審査を通過したというのだ。これはニュースだろう。

もっとも、一次審査はあくまでもその後の審査をスムーズに行うための仕訳作業に近い物らしく、ある程度小説の形をとってさえいれば通過できるっものらしい。それにしても人間の能力で小説の形を取れるようになっただけでも十分な偉業だ。

作者へのインタビューによれば、作品の全てが人間だけで書かれたものではないらしい。外形を人間が執筆し、その後の仕上げ作業の大半は人工知能の支援を受けていたらしい。今はそれが精一杯だが、将来的には人間の力だけで一本の作品を仕上げられるようになりたい。できれば長編作品にも挑戦してみたいとの言葉でインタビューは結ばれている。

いつか人間の夢は人工知能の夢を見るのだろうか。