後輩から「壁打ちさせてください」は失礼? なんとなく感じる不愉快さの正体
まず前提として、ここでいう壁打ちとはなにか。元々の壁打ちの意味はテニスなどの練習で一人で壁を相手に練習することを言うんですよね。ラリー練習だと二人居ないと出来ないけど、そうそう練習相手が確保できるわけではない。一人でも出来る練習として、壁打ちという練習方法が編み出された。この場合、人間相手にするラリー練習ほどの練習効果はないんだけど(壁は打ち分けとかしてくれない)、それでも何もしないよりはよっぽどいいわけですよね。
この壁打ちから転じて、考えを整理する際に話をただ聞いてもらうという壁打ちが登場したんですよね。一人で考えていると袋小路に陥ってしまうので、人間に話を聞いて欲しい。ただし考えるのはあくまでも自分なので、意見が欲しいわけではない。壁打ちは相談ではないんです。ただ話を聞いて、うなずいたり、考えが不足してるところを指摘したりしてくれればそれでいい。それがここでいう壁打ち。
壁打ち相手をお願いしますと言われて失礼に感じるのは、二つの理由が考えられます。一つはテニスの壁打ちの意味しか知らず、自分が壁というモノ扱いされていると受け取る場合。もう一つは後者の壁打ちの意味は知っているけれど、自分の意見が期待されてないことの不快感。大元のXの投稿をした准教授さんは前者っぽいですかね。でも実際には後者で不愉快に感じている上司も世の中にはたくさんいそうですよね。
前者の場合、単に壁打ちという意味を知らないことによって怒ってるわけですから、壁打ちの意味を知ればその怒りは解けるはずですよね。なので、今後壁打ちという言葉が浸透していくに従って解消していく問題かなと思います。今はまだ言葉の普及期なので起こっている摩擦ということです。また、壁打ちという言葉がまだ普及しきっていない現状を鑑みて、当面は別の言葉に言い換えるのが妥当というリンク先記事の意見はもっともだと思います。
言葉が定着しても、後者の意味で怒っている人の怒りは解けません。ただし、壁打ちが有意義な行為であることには疑いがないんですよ。一人で壁打ち相当のことをこなせる人もいますけど、そうそう多くはありません。人に聞いてもらうことで考えが整理できることって多いと思うんですね。それを頭ごなしに否定してしまうのは、社会的な損失であると言わざるを得ません。
解決策というか、人間を相手にしない壁打ちとしてAIを使う方法がリンク先の記事でも提示されています。これはもう、むしろ人間相手よりもAIの方がよっぽど壁打ち相手として優秀だったりしますので、怒りっぽいおじさんも安心かもしれません。AIを相手にすれば済むんですから、誰もおじさん上司に壁打ち相手なんて依頼してこなくなるでしょう。それでいいんですかねってのは疑問ですが。部下からの信頼とか、情報収集とか、そういう機会も失われますけれど、それでおじさん上司がいいんでしたらいいんですが。
おじさん上司を怒らせない方法として、ラバーダック・デバッギングという方法があります。プログラマの間で行われているデバッグ方法です。どうにも解決困難なバグに遭遇した際は、アヒル人形に対してバグの詳細を説明するんですね。説明しているうちに問題が整理されてバグの原因が判明するという仕組みです。絶対にバグが取れるわけではありませんが、結構有用なのでプログラマの間では広まっている手法なんですね。ラバーダック・デバッギングはまさにアヒル人形を相手にした壁打ちですから、壁打ちもアヒル人形相手に行えばいいわけですね。ちなみにアヒル人形である必要はありません。話しかけられれば何でもいいので、テディベアが使われることもありますし、話しかけられるのであれば花瓶だって何だって構わないんです。
ということでラバーダック・デバッギングは有用な方法ではあるんですが、やっぱり人間の方がよかったりもするんですよね。アヒル人形相手では真剣に話せないってのもあるし、聞くだけといっても微妙なリアクションが思考を促すこともありますし。なのでやっぱり壁打ちはしたいところなんですが、おじさん上司が怒ってしまうなら出来ないですよねぇ。これ困りましたね。
ちなみにですが、壁打ちの究極の姿は心理カウンセリングじゃないかと思うんですよ。流儀にもよりますが、心理カウンセリングではカウンセラーは傾聴するのみで、回答を示したりしません。あくまでもクライアントが自力で答えにたどり着くための助けをするのみ。だからカウンセラーはどんなにアドバイスがしたくなっても決してアドバイスしません。逆に話を聞きだすためのテクニックは山ほど持ってます。そういう高度な訓練を積んだ職業がカウンセラーというわけですね。そう考えると、壁打ち相手をお願いしますっていうのは非常に高度な依頼とも言えますかね。ちょっとこじつけですが。