友達とはなんだろう

2026/3/11作成

友達について考えてみたいと思います。

友達といえば代表的なのは学校の同級生。クラスメイトだったり部活のチームメイトだったりは、友達ですよね。そこは間違いないとして、卒業してからはどうだろう。卒業しても友達なんだろうか。

卒業してそれっきり縁が切れてしまうケースが多いとは思いますが、交流が続く場合もあります。年末年始の帰省の機会に集まるなんてのは、よくあるパターンですよね。そこで旧交を温めるのですが、果たしてこれは友達と言えるのかどうか。

卒業して久し振りに会って、果たして友達だろうかと。現役時代には同じ学校に通っていますので、共通の話題もたくさんあります。でも卒業してそれぞれの道に進むと、環境が違うので今の事は共通の話題にならなくなってしまう。必然的に昔話に話を咲かせることになるわけですが、そんな昔話しか出来ない関係性が友達と言えるのかなと思ってしまうわけですね。

まあ、一方で友達って厳密な定義があるわけではありません。数年に一度会って昔話をするだけの間柄であっても、それも緩い友達だというのも別に間違っていないでしょう。ていうか、そういう友情を大切にしている人の方が人生を豊かに生きているような気はしますね。私みたいに友達の定義にこだわって、うだうだ言ってる人よりかは。

次に友達になるパターンは会社の同僚。学校の同級生とともに会社の同僚が友達になりやすいのは、毎日会うための強制力が働いていることですかね。会うこと自体に他にコストがかかってない。これは結構大きいと思います。卒業後や退職後は縁が遠くなってしまうのも、会うこと自体にコストがかかってしまうからですね。

そんな会社の同僚ですが、学校の同級生に比べると友達になりにくいんじゃないかなと思っています。会社の同僚は一緒に仕事をする仲間には違いないのですが、一方で利害が一致しない競争相手でもあるからかなと。また、会社には組織形態に応じた上司部下という上下関係があります。組織上は同格でも先輩後輩という上下関係はありますね。

同僚の場合は利害関係にあることから、退職後の方がむしろ友達関係が成り立ちやすかったりもします。一方で、前述の通り退職すると会うためのコストがかかる点が難しいですが。

結果として会社の同僚は友達になりにくいことが多いように思います。学生時代は友達なんて簡単に出来たのに、社会人になってからはなかなか友達が出来ないというのは、よくある悩みではないでしょうか。私も実際のところそう感じているところではあります。

学生と社会人での友達の出来方について書きましたが、他にも軸はあります。よくあるのは、お互いに相手のことを思っている温度感が違うということ。一方は相手のことを友達だと思っているのに、もう一方は相手のことを知人程度にしか思っていなかったり。そのあたり、お互いに温度感を確かめ合うわけでもないですから、すれ違いって起こりえますよね。「恋人のように告白するわけでもない友達関係は始まりがわかりにくい」という話もありますが、恋人関係だって温度感は違ってたりするんですけどね。まあ、それはおいておいて。

一方は友達だと思っているのに、他方がそこまで思ってないと、不幸なすれ違いも起こりえます。相手が友達だと思っているから困っているなら助けてやるぜと思っているのに、他方は知人としか思ってないのでそこまで干渉されても迷惑だと感じたり。そんなすれ違いって、よくあることではなかったりしませんか。そんなすれ違いがしんどくなって、友達付き合いそのものがめんどくさくなってしまって友達付き合いを放棄してしまおうと思ったりとか。

ていうか、それが今の私だったりするんですけどね。そもそもこの記事を書こうと思ったのも、友達付き合いにしんどくなったってのもありまして。友達っていったい何だったんだろう、なんのためにあるんだろうとか、そんなことを考えてしまって。いやまあ、メリデメで友達付き合いをはかるもんでもないとは思うんですけどね。サウザーが「こんなに苦しいのなら、愛などいらぬ!!」と言っていましたが、それに近しいというか。サウザーほど激しく思ってるわけでもないですが。それにサウザーは結局最後は愛に帰って行ったわけですが、私の友達付き合いはどうなるんだろう。もうこの年齢ですから、今更どうしようもないですかねぇとか思ってしまったり。

なんだかとりとめもないというか、友達をテーマに記事を書こうと思ったんですが、途中で放置しているうちにテーマを忘れてしまって何を書くかわからなくなってしまったんですよね。途中まで書いていた文章が残っていたので一旦続きを書いてみましたが、やっぱり何を書こうと思ったのかよくわからない。思い出したら追記します。

(2026/3/12追記)

上で距離感のすれ違いをあげましたが、距離感って固定でもないんですよね。時間の経過によっても変わるし、お互いの自乗によっても変わる。かつては同じ距離感で繋がっていた友達だったのに、一方が仕事が忙しかったり家庭にトラブルがあったりで友達どころではなくなってしまって関係が疎遠になるというパターンもありますかね。この場合、仕事や家庭が落ち着いたら、また関係が戻るかもしれませんが。

私の場合、もうめんどくさいからいっそ友達なんていなくていいやと思ったりもしているのですが、一方で孤独に人生を過ごしていく覚悟もありませんから、新しい人間関係を構築したいという欲もあります。かといって今から友達を新しく作るというのも大変ですし、もしも友達が出来たとしてもこれまで書いたような問題が繰り返すだけなので別の方法がいいのではないかなと思ってます。例えば人と話せるお店に通うとかですかね。

みんながみんなそうとは限らないでしょうが、キャバクラとかスナックとかに通ってる人って、お金で人間関係を買っている側面ってあるんじゃないかなと想像するんですよ。そういうお店に行ったことが無いから、想像でしかないんですが。この場合、お金を払えばとりあえずお店に居ることは出来るし、ある程度の相手をしてもらえることは保証される。もちろん、トラブル起こしたら出禁になってしまうので、節度のある振る舞いをするのは当然として。

キャバクラには疑似恋愛をしにいくと言いますから、疑似友達とはちょっと違うのかな。スナックのママさんはどうなんだろう。疑似恋愛とは限らないような気もするけど、疑似友達ともちょっと違いそうだな。疑似親戚のおばさんとかそんな位置づけかしらん。一度スナックにも行ってみようかなぁ。この年で未体験なので、非常にハードル高いけれども。

あと、そもそも友達って必要なのかって疑問もあるんですよね。「友達百人出来るかな」の歌にもあるように、友達って多ければ多いほど素晴らしいというのが一般的な価値観かと思います。それに対して、深い友達が少数居ればそれでいいという反論はみますけど、そもそも友達居なくても本人が困ってないならそれでいいんじゃないかって反論も有り得ると思うんですよね。まあ、一般論として私が友達居なくても平気かっていうと、まだよく分からないんですけれども。