電力自由化と転売屋

2021/3/21作成

「電気代8万円、ぎゃー」利用者衝撃 新電力料金急騰、想定外 背景にLNG不足

電力自由化って言葉は聞いて知ってるけど、自分が特に気にしてなかったのでよく理解してなかった。基本的には小規模な発電設備を持ってるところでも電力会社に成れるってことかなと思ってたけど、このニュースによると他者から電力を調達して転売するだけの業者もあるのね。

こういう転売業者の場合、原理的は他者から仕入れたものに利益を上乗せするわけだから、仕入れ元よりも値段は高くなります。手厚いサポートなどの付加価値を付けるか、大量仕入れで安く仕入れて安くするとかってのが主な戦略ですよね。私も利用しているMVNOも同じ。キャリアから仕入れた回線を転売してるだけ。そういう業者の存在は市場の流動性を高めるという意味で存在価値はあるとも言えるだろうけれど、本質的に転売屋であるという点で、あんまり存在価値を感じないなぁって感じてしまうのは私の考え方が幼すぎるんですかね。実際自分でもピュアだなぁと思うわけですが。

昨今非常に問題になってる転売屋は、自分たちは商社と同じことをしてると主張してるそうですね。もしくは問屋も同じようなものですが。ただ、商社や問屋って普通には入手できない物を仕入れてるんですよ。そこに価値がある。地球の裏側にいって鉱石を仕入れてくるなんて商社じゃなくちゃできません。普通の人がただ単に買い付けにいっても相手にしてもらえないか騙されるだけ。運良く契約してもらっても実際に品物が届くかどうかなんてわかったもんじゃない。生産に必要な量を確保できるかもわからない。そういったことを全部面倒見てくれるのが商社。問屋は、メーカーは大量に存在する小売店との取引をとりまとめてくれる。最近はメーカーも大手小売店とは直接取り引きしますし、なんならECサイトで小売りも行ってたりするので、問屋の存在価値はだいぶ下がってきてますけどね。つまり、商社や問屋は普通には入手できない物を入手できるようにするという付加価値を与えている。

一方、転売屋は普通の人が普通に手に入れられるものを先回りして入手して利益を上乗せして転売してる。なんら付加価値を生み出してないわけですね。市場の神の手としては存在する意味はあるかもしれないし、転売屋を法律的に禁止するのは自由市場にとって大きな驚異ではあるけれど、現状では転売屋は市場を崩壊させる方向に働いているので、市場を制限する方向で規制を強化するしかないのかなぁって気がします。

(2021/3/21追記)

ところでそもそもの電力自由化の話。小規模な発電事業者も市場に参加できるようになったのは基本的にはいいことかなとは思うんですが、そんな電力会社も送電網は既存の電力会社に依存してるわけですよね。というようなことを考えると、発電と送電の事業を分けてしまうのが理想なんではないかなぁって気がしますね。実際にそういう議論もあったような気がしますが。

同じようなことは通信網にも言えて、電話会社が複数存在しますが、結局みんな出口はNTTの回線網に依存してるわけで、ならこれも上下分離すればよかったんじゃないかなぁと。実際に議論される中でそれぞれの方式にメリットデメリットがあって、総合的に判断されたんだろうなとは思いますが。

(2021/10/5追記)

「転売ヤー、700年前から嫌われていた」中世ヨーロッパの神学者の言葉が現代日本の転売屋の悪質さを表しているという話

中世ヨーロッパの神学者が転売屋を非難していたということで、ネット民のみなさん大喜びで転売屋叩きをしてます。ですが、それっていいんでしょうか。

そもそも暗黒の中世ヨーロッパの倫理観を参考にしようってのが恐ろしい話です。特にこの時代の神学者なんて、言っちゃ悪いですが神の名のもとに無茶苦茶やってきた人たちなわけで、歴史資料としての価値はともかく、倫理観において参考にできるものとはとても思えません。だいたい、ここで転売屋と訳されていますが、これ現代日本におけるいわゆる転売屋のことではないですよね。メルカリもない中世ヨーロッパに転売屋があるわけがない。ここでいう転売屋とは商売人のことですよね。日本でも江戸時代には士農工商としてモノを作らない商売人は卑しいと言われていましたから、同じような価値観があったのだろうと想像されます。さらに言えば、ここで非難されている商売人はユダヤ人差別を含んでいるでしょうから、ナチスによるユダヤ人大虐殺に連なる言葉だとも言えるでしょう。

転売屋を叩いてるみなさんも商売人を叩いているわけではないでしょう。まっとうな商売人は叩かないと思います。ではまっとうな商売人と悪質な転売屋の区別はどこでつけたらいいのでしょうか。私も上で付加価値を生み出していないのが悪質な転売屋と定義しましたが、実際にはその線引きは非常に難しいような気がします。そして、その線引きが難しいからこそ、転売屋を取り締まることが難しいのだとも思います。

仮に法律で転売を禁止したとしたら、巻き添えで多くの商取引が禁止されてしまうでしょう。もしくは国家の監視のもので取引されることを強いられ、自由な市場は存在しなくなります。経済市場もですが、不要になった身近なものを知り合いに譲ることすらできなくなりますので、市民生活も大幅な制約を受けるでしょう。

考えてみると、転売屋が問題になるのって市場において需要と供給に大きな差がある場合なんですよね。コンサートのチケットは需要が大きくても供給は簡単には増えません。その場合市場原理によって値は吊り上がりますから、転売屋にとっては思うつぼです。でも、需要と供給の差を突いた差益を取るのって、まさに商売の基本なんですよね。だからこそ、転売屋と商売人の区別がつけられない。

このように書いてきましたが、私自身は転売屋を認めるわけでもありません。人々が手に入れられなくて困っているのを利用してあくどく稼いでいるのは腹立たしくは思います。でも、それを禁止する為に法律を持ち出してくることには反対ですかね。あくまでもマナーの問題でおいておきたい。転売屋も問題だけど、それ以上に市場の自由性の方が大事だから。ですので、転売屋については、時々仕入れを失敗して大損したってツイートが流れてきたときに、ざまあみろと心の中で毒づいておくくらいの付き合い方がちょうどいいのではないかなと思います。