働くとはなんだろうか

2021/1/13作成

転職活動中で、なおかつなかなか内定出ないもんですから、ついついいろいろ考えてしまってます。そもそも働くってどういうことだろうかとかとか。ということで、内定出ないなかでの恨み節みたいなものでもありますが、少々吐き出してみましょうか。

そもそも働くってなんのために働くんでしょうね。大きく分けて目的は二つあると思うんですよ。一つは食べていくため。もう一つは自己実現のため。

食べていく方はわかりやすいですよね。人間も生物ですから、そもそも食べないと生命維持できません。それに加えて現代社会である程度文化的な生活をするには衣と住も満たさないといけません。衣食住それぞれにお金がかかりますので、そのお金を稼ぐために働かなければならないわけですね。逆に言えば、お金があれば働く必要はないわけです。親の財産を譲り受けたとか、若い頃のハードワークしてひと財産築いたとか、方法はいろいろありますね。

ではお金がある人は決して働かないかというと、そういうわけでもない。お金があるけど働くこともある。それは何故かというと、自己実現のため。では自己実現とはなんぞや。

自らの意志でこの世に生まれてこようと思って生まれてきたって人は居ないと思いますので、みんなある意味偶然にこの世に誕生したわけです。ではこの世に誕生した意味はなんだろうかという、哲学的な問いがあるわけです。そこで、人生には意味なんて無い、所詮は死ぬまでの暇つぶしだというのも、それはそれで一つの考え方だと思います。もしくは、生きていることはそれ自体が奇跡で価値があることだから、ただ生きていればそれでいいんだという考え方もあります。

でもそうではなくて、せっかく生まれてきたのならそこに何か意味を見いだしたいという考え方もあります。意味を見いだす方法として、人生でこれを成し遂げたんだという成果を出すという方法もあります。自己実現という言葉の意味とはちょっと違うような気もしますが、まあひとまずおいといて。

人生で成し遂げるといっても、それも様々ありますね。とにかく自分がおもしろおかしく生きていきたいんだってのもあるでしょうし、世界中の国を見て回りたいから旅人として生きるとかもありでしょう。人類の生活を一変させるような発明や発見をするというのもあるでしょうし、人々を感動させるような作品を作るってのもあるでしょう。身近なところでは子供を育てるってのもあるんじゃないですかね。子供の人生を支配したり寄りかかりすぎたりしちゃまずいですが、次世代を育てるってのも人間社会においてというか、全ての生物種において行われる営みでもあります。

こういう人生で成し遂げることをアウトプットと呼ぶとしましょう。そしてアウトプットすることを自己実現と呼ぶことにしましょうか。アウトプットにもいろいろあるでしょうし、別に全ての人がアウトプットをする必要があるわけでもない。人生は死ぬまでの暇つぶしという人ならアウトプットも自己実現も必要ありません。

家庭で、趣味で、アウトプットの場はいろいろありますが、やはり多くの人にとって仕事がアウトプットの場になりやすいのではないかと思います。ようやくテーマの働くにつながってきた。

なんだかんだいって、仕事にかける時間は長いです。人生を80年、仕事する期間を40年として、1日8時間年間240日働くとしても76,800時間。人生は700,800時間ですが、三分の一は寝ているとすると、起きているのは467,200時間。人生の約16%が仕事時間なわけです。あれ、こうして計算してみると意外と少ないな。もっとも仕事以外の時間でも、食事だったりと日常生活を維持するための時間もかなりの割合になりますので、アウトプットに使える時間となるとかなり少なくなるんですけどね。

ともあれ、人生の結構な割合の時間を仕事に費やすわけです。そこで自分のやりたいこと、やりがいのあることをして、アウトプットに結びつけられれば、それはかなり幸せな人生ではないかと思うんですね。俺はこの仕事をするために生まれてきたんだ!ってわけですね。偉い人の話を聞いてると、若い頃に衝撃的な出会いがあり、俺はこの仕事に人生を捧げるんだと決心して邁進していますね。とても立派なことだと思います。そういう仕事に出会えて、そういう仕事をして人生過ごせたら、そりゃ立派な人生を送れますよね。だから偉い人になるわけなんですが。

とはいえ、世間一般の大多数の人は、そんな立派な人生を送らないわけですよ。もちろん私もこっち側の人間です。人生を捧げられるような衝撃的な出会いなんてありませんし、そもそも出会ったとしても自分がその仕事をこなす才能がなかったらどうするんだって話ですよね。世界的ミュージシャンになるんだと頑張ったけど夢やぶれて30過ぎて諦めて普通に就職した人ってのは、負け組なんですか?そりゃ才能と運に恵まれてミュージシャンとして大成した人からみれば負け組かもしれませんけどね。でもそんな人の人生だって無価値ってわけでもないでしょう。

だらだら長ったらしい文章になってるけど、なかなか論理が整理できないな。でも気にせずとりあえず吐き出します。読み返してあとで整理します。整理できればですが。

世界的ミュージシャンになって人々が感動する楽曲を送り届けるってのも立派なアウトプットで自己実現ですが、そういうことが出来る人ばかりでもない。というか、大抵のアウトプットはもっと地味なわけです。パンを焼くだとか、宅配便を運ぶだとか、ゴミを収集するだとか。そういった仕事も全て誰かの役に立ってるわけで、誰かの役にたっているのなら、それはアウトプットであって、アウトプットを通した自己実現と言っていいと思うんですね。人生のうちの多くの時間を仕事にさくわけで、その仕事で自己実現できればいいですよね。

というかですね、一般論ではなくて、私がそうありたいんですよ。もしくはありたかったんですよ。仕事を通して自己実現したいわけなんですよ。仕事を通して、何かをアウトプットしたいんですよ。仕事で誰かの役に立ちたいんですよ。可能なら、自分の仕事を通して世の中をもっと便利にしたりと、変えていきたいんですよ。仕事でなくてもいいんですが、仕事は人生のなかで多くの時間をさくわけですから、仕事で実現できると一番効率がいいんですね。もちろんここは人それぞれですから、仕事は食べるためと割り切って、趣味で自己実現するって人もいると思います。

ともあれ、仕事で自己実現したいんですよ。でもですね、雇ってもらえないんですよ。内定出ないんですよ。お前なんかうちの会社には要らんと言われるわけですよ。それも一社二社ではなく、何十という会社から。こりゃちょっと凹むわけですよ。何十社にお祈りされるくらいじゃまだまだ少ないって意見もあるとは思いますけどね。氷河期世代の方達とか、もっと大変な目にあってきてるわけですよね。

一方、私という人間がどこの会社でも不要な役立たずかというと、そういうわけでもないと思ってるんですね。いやまあ、めちゃめちゃ役に立つ人間かというとそこまでではないとは思うんですが。言っても今まであちこちの現場で働いてきたわけですが、どうしようもなく役に立たなかったわけではなかったと思ってます。まあ、平均点くらいの成果は出せてたんじゃないかなぁと。というか、そりゃ私は超絶優秀な人材ではないのは承知ですが、だからって世の中超絶優秀な人材だらけってわけではないですよね。そこそこの人材の方がはるかに多い。それを超絶優秀な人材しか採用しませんってなると、そこそこ程度の人間はみんな飢えて死ねってことですかって話でもあるんですよね。実際、あちこちの現場を渡り歩いてきて思いますが、そこで正社員として働いている人が全員が全員超絶優秀な人ってわけではない。とことんダメな人ってのもそうそうは居ないけど、そこそこ普通の人の方が遙かに多い。

雇う方の気持ちもわからないでもないんですよ。超絶優秀な人も、普通の人も、払う給料にそんなに違いはないわけです。能力に応じて報酬を払うべきだと言われてますが、それでも2倍3倍も払うわけではない。一方で超絶優秀な人は普通の人の何十倍何百倍という成果を出すわけですから、そりゃ雇う方としてはコストパフォーマンスがいいわけですよ。だからどうせ雇うなら超絶優秀な人を雇いたいって気持ちはわかるんですが、では普通の人はどうししたらいいんですかねっていうのが私の疑問なんですよ。

でも私の疑問なんて世間はどうでもよくて、今の転職市場では超絶優秀な人しか相手にされていないのが現実のようです。であれば、私自身はそんな競争から降りようかなぁというのが今の正直な気持ち。超絶優秀な人と競うことに時間を費やすよりも、他のやりたいことに時間を費やしたらいいんじゃないかなと。じゃお前はこれからどうやって働くんだっていうと、とりあえずは派遣か業務委託で働こうかなと思ってます。

これらの働き方は楽なんですよ。言ってしまえば、求められるポジションをこなせるスキルを持っていればそれでいいんです。正社員で就職する場合、超絶優秀スキルを持っているうえに、応募先の会社に対する底なしの愛情も求められるんですね。僕はこの会社でこの仕事をするために生まれてきました、みたいなことを面接で言わなきゃいけないんですよ。そこまで言って、もしも不採用になったらその人どうするんですかねって疑問なんですが。というか、普通に働くのにそこまでの情熱と覚悟を求められてもっていうのが正直思うわけですよね。そこらへんも、この競争から降りたいなと思う動機でもあります。

そりゃもちろん派遣とか業務委託という働き方には、それはそれで問題が多々ありますよ。まあそうなんですけど、とりあえず食っていかなきゃいけないわけですよ。人生死ぬまでの暇つぶしといっても、食えないと死ぬまでもたないわけで。

ということで、だらだらと吐き出しておきながら全然話がまとまってませんが、とりあえずここでいったん終わりにします。多分、今後も思いつく度にいろいろ追記していくことになると思います。

(2021/1/14追記)

さらに五月雨ですが、いくつか追記します。

会社側が会社に対する愛情を求めるってのもわからないでもないんですよね。愛情っていうと語弊あるので、モチベーションとでも言い換えましょうか。基本的に成果ってスキルとモチベーションの掛け算で出るんですね。いくらスキルが高い人でも、モチベーションが低いと成果が出ない。スキルはそこそこでもモチベーションが高いと、成果も期待できる。また、仕事ってなんだかんだいって苦しい時辛い時ってのがある。そうした時に、モチベーションが高いと乗り越えられる。まあ、やりがい搾取と言ってしまえばそれまででもあるんですが、会社としては合法的に搾取できるなら搾取したいわけですよ。働く側だって、言ってしまえば会社から搾取したいわけなんで、それはお互い様なんですね。あと、単純な話としてモチベーション低い人と一緒に働きたくないじゃないですか。どうせ仲間として一緒に働くなら、モチベーション高い人と気持ちよく働きたいってのはわかります。

「置かれた場所で咲きなさい」って本があるじゃないですか。私は未読なんで、タイトルから受けるイメージだけで語るんですが。言ってることはある意味正しいとは思うんですよね。隣の芝生は永遠に青いですから。好きなことを仕事にするって言説に対して、仕事を好きになるって対処法とも言えるかもしれませんね。与えられた仕事を好きになって一生懸命取り組む。それでいい結果が出せるなら、それはそれで幸せなことだとは思います。とはいえ、どうしても咲けない場所ってのもあるんで、その場合は逃げ出さないといけないんですが。

実現したい夢があるなら、企業に託すのではなく、起業して自分で実現すればいいだろうって考えもあります。それはそれで一理ありますと言うか、正しい意見だとは思います。でも全ての人が起業して夢を実現できるほど優秀とは限らない。結局会社の力ってレバレッジなんですよね。一人では小さな力だけど、会社というてこを利用すれば大きな成果を出せる。よく大企業の社員を揶揄して、会社の看板で出している成果を自分の実力と勘違いしているという指摘がありますよね。まあ間違ってないんですが、その人が大企業の看板を使って大きな成果を出せるなら、その成果自体は認めてもいいんじゃないでしょうかね。そして私が企業に所属したいなと思うのは、そういう理由なんですね。自分一人では大きな成果を出せなくても、チームでなら、会社でなら、大きな成果を出せるんじゃないかと。もちろん人間関係による軋轢が発生する可能性もあるんですが。

バブル崩壊までは日本では多くの企業が雇用は正社員が当然でした。お茶くみのOLまでが正社員でした。しかしバブル崩壊以後の不景気な世の中で、正社員雇用は削減されました。おりから派遣業法が変わって多くの業務で派遣雇用が出来るようになって、非正規雇用が当たり前になりました。厳密には非正規雇用の内、フリーターはバブル時代に生まれた言葉ではあるのですが、この頃のフリーターは一種のモラトリアムですから、生涯の働き方としてのフリーターとは区別した方がいいと思うのですね。

そうして非正規雇用が普及したことで、コア業務は正社員が、ルーチンワークは非正規雇用者が行うというスタイルが普及してきたように思います。言い換えれば、正社員とはエリートであり幹部候補なわけですね。そう考えれば、企業が正社員雇用に慎重になるのもわかるような気もします。将来の幹部となる人間を、簡単に採用はできないですよね。結果、正社員雇用は多くの人にとっては夢のまた夢ってことになってしまう。ならば非正規雇用でも十分な生活ができるような社会制度になっていなければならないのですが、今の日本ではそこが抜け落ちていて、結果的に非正規雇用の人から搾取することで経済が成り立っている面があると言えるのかな。

(2021/1/15追記)

毎日追記してて日記のようになってますが、今日も思い付きを少々。

チームとか組織の力って侮れないと思ってるんですね。もしくは環境と言い換えてもいいかもしれない。平凡な人であっても、優秀な環境に恵まれたら、その環境の力に影響されて優秀になってしまったりする。逆に、優秀な人でも劣悪な環境に染まってダメな人になってしまうってこともある。だから私はいい環境を目指して転職したいってのもあったりもします。実体験として、いまいちなな環境で働いてた時は、自分自身が環境に流されてイマイチになってしまってたなという自覚もあります。環境に影響されて流されてしまうのはお前が愚かだからだと言われたら、まあそうですねとしか返答できませんが。

環境の影響は大きいと思うから、個人としての能力ってそこまで厳密に見なくてもいいんじゃないかとも思ってるんですね。もちろん最低限の必要なスキルチェックは必要ではあるんですが。自社がいい環境であるという自負があるなら、ダメな人だって雇えばいいじゃん、ってのは流石に言いすぎですかね。

全然別個の話ですが、ソニックガーデンの倉貫さんが「ソニックガーデンに入社するにはどうすればいいですかと聞かれることがあるが困る。それだとソニックガーデン対求職者という構図になってしまう。ソニックガーデンは顧客の問題解決を行っているのだから、問題対私たちという構図で居て欲しい」というようなことを書いてらっしゃいました。Captain’s View : 代表・倉貫氏が目指した「エンジニアが主役の会社」とは?の記事ですね。仰りたいことはわかります。ソニックガーデンにしても何にしてもですが、入ることがゴールでは無くて、入ってから何をするかなんですよね。東大に受かるのが目標とか、ジャイアンツに入団するのが目標とか、そりゃ目標は人それぞれなんで好きにすればいいんですが、それだけだと入ってから何をするんだって視点が抜け落ちてる。私がどこにも雇ってもらえないのも、そういう理由かもしれないなとも思います。とにかく入社したいという意識が透けて見えてしまって、入社して何を成し遂げたいかというのが伝えられてないのかもしれない。

ただ、一方で求職者としては、食っていかないといけないので綺麗ごとばっかりも言ってられないって実情もあるんですよ。働く目的の第一は食べていくことですからね。問題を解決したくても、そのステージに立てなかったら問題を解決できない。そのステージがオリンピックの舞台だったり、日本武道館のステージくらいに難易度が高いステージならともかく、会社で働くってステージをそこまで狭き門にしてどうするんだって気もするんですね。

(2021/1/16追記)

更に追記です。ほんとに日記になってきてますね。 それにしても、恨み節とはいえ、ここまでを自分で改めて読み返してみてもひどいですね。そりゃ企業側もこんな人材雇わないよなと思って反省したりとか。

企業側が採用に慎重なのも、それはそれでわかるってのもあるんです。なんだかんだいって、中途採用で数年間程度雇用したとしても、かかる人件費は数千万円です。数千万円の機材や設備を導入するとき、ぺらのカタログと見積書だけで決済する企業なんてまずないですよね。慎重に検討し、なんなら可能な限りで試用して実際に役に立つかどうか確認する。人材採用も同じこと。数千万円の投資なんだから、慎重に検討したうえで採用を決定する。それはそれで理屈としてわかるんですが、個人的には人材採用はボールペンを購買するくらいの気軽さでもいいんじゃないかなぁと思ってるんですね。だって、そこまで超絶優秀な人材だけで世の中埋まってない。大多数は普通の人なんです。その普通の人はどこで働けばいいのって話なんですよね。

ちょっと話が変わりますが、就活/転職活動と婚活って似てると思うんですよ。どちらも運命の相手に出会うことができれば、人生を幸福に過ごすことができる。どっちも自分の身は一つなので、同時には一つしか選べないってのも共通ですね。昔ならば上司とか親戚とかが、いい人がいるんだけどどうと見合いをセッティングしてくれて結婚してた。仕事も同じですよね。世話焼きの人が、知り合いの会社で人を探してるんだけどどう、って感じで紹介してくれて就職してた。コネ就職というやつですね。コネというと今では悪いことのように言われますが、コネで社会は回ってきたって面もあるわけですよね。現代では見合いもコネ就職も少なくなりまして、代わりに結婚相談所だとかマッチングサイトだとか転職エージェントだとか転職サイトだとかが利用されるようになりました。結婚相談所と転職エージェント、マッチングサイトと転職サイトはそれぞれ土俵が婚活と就活と違うだけで、役割は同じではないかと思うんですね。

で、結婚にしても就職にしても運命の相手にであれば最高だけども、そうそう都合のいい話は転がっていない。普通の人には普通の出会いしかないわけですよ。だから、結婚相談所でもマッチングサービスでも使って、それぞれ自分の妥協できない条件を出して、条件をクリアした相手とマッチングしていくわけですね。

結婚についてですが、理想の相手を探すのではなく、相手と理想の関係になっていくという考え方があります。私、この考え方好きなんですね。そりゃま全く条件に合致しない相手ならしょうがないですが、そこそこ条件に合うならその相手と結婚してみて、お互いに理想の相手になるようにすればいい。親に言われて事前に顔をみることもなく結婚したけど、長年連れ添ってお互いにかけがえのないパートナーになったとかって素敵やないですか。また、婚活もそこそこ時間をかけて行うでしょうけれど、実際には結婚してからの生活の方が長いわけですからね。婚活期間中にはわからなかった問題も、実際に結婚生活を送ってるなかでは出てくるでしょう。そうした時に、お互いに問題に向き合えるかどうかですよね。そして、どうしても問題に向き合えないということがわかったら、離婚すればいいんですよ。そして次の相手を探せばいい。結婚の場合は、子供が居たらどうするんだとか、高齢者の場合は相続が絡んでややこしいことになったりするので、実際には簡単に結婚することも離婚することも難しくはあるんですけどね。でも就職の場合は、結婚ほどの重大な障害はない。ならば、気軽に就職して、お試しで働いてみて、理想の職場になることができればそれでよし。うまくいかないなら退職して、また次の職場を探せばいい。そういう風に思っています。だから、採用は気軽にすればいいと思ってるんですね。そして、そう思ってるからぶっちゃけた話として、私は採用してくれるならどこでもいいやと思って転職活動してるんですね。多分ですが、そういう考えを見透かされて不採用になってるのかなとも思います。

いやまあ、やろうと思ったらできますよ。面接なんてせいぜい1時間なんですから。その間だけ、私はこの会社で働くために生まれてきましたってアピールすることも。でも、それで採用されても、それって嘘じゃないですか。採用されるのがゴールじゃなくて、採用はスタートであって、そのあと実際に働いていくわけじゃないですか。働いてる間ずっと嘘はつけませんし、嘘をついててもさすがにばれますよね。であれば、面接で嘘のアピールしてもしょうがない。私が採用されないのは、そういう感じなのかなぁというように思いました。うん、こりゃ確かに無理だね。どうしようもないから諦めたほうがいい。ということで諦めることにしました。現時点ではですが。先々、また考え方が変わるかもしれません。

(2021/1/25追記)

だんだんテーマからずれてきてるような気もしますが、どうせここは転職活動恨み節の吐き出し場所なんでいいか。ということで、今日はリモート面接についてちょっと考えます。

なんだかんだ今回の転職で10社くらいと面接しましたが、このご時世ですからすべてリモート面接でした。感染症対策という意味でもありますが、転職活動においてリモート面接は楽でもあるんですよね。交通費かかりませんし、移動の時間も取られません。以前なら1日に2カ所面接の予定を入れるのも大変でしたが、リモート面接なら1日3カ所4カ所と予定入れることもできなくはない。実際には非常に疲れるので、そこまで詰め込むのはお勧めしませんが。

一方で、リモート面接によるデメリットもあると思うんですよ。やっぱりテレビ会議によって伝わる情報量は少なるなるわけですよね。「人は見た目が9割」という本では、非言語によるノンバーバル・コミュニケーションによる情報量が実は多いということが書かれていました。テレビ会議では音声による言語コミュニケーションは取れますし、映像による見た目の情報も伝達できますが、やっぱり対面によるコミュニケーションよりは情報量が不足してしまっていると思うんですね。

こう書くと「仕事は対面でしかできないと言ってる老害乙」って思われるでしょうかね。まあ否定できない部分はあるけれど、対面が必要な場合と、対面でなくても大丈夫な場合があると思ってるんですよ。具体的には、ある程度信頼関係が構築されて、仕事内容についても相互理解が進んだ状態ならリモートでも十分に仕事ができると思います。裏返せば、それらの状態が構築できてない場合はリモートは難しい。すべてが対面でなくても、対面も盛り込まないと難しい。そして、面接なんて信頼関係が構築されていない状態の最たるものじゃないですか。それをリモートでやるということは、伝わらない情報が存在するという前提でないといけないんじゃないかと思うんですね。多分ですが「リモート面接をするようになって、やる気のない応募者が増えた」と思ってる面接官は多いんじゃないかと思うんですよ。でもそれは一部では間違っていて、テレビ会議では十分に応募者の温度感を伝えることができないからじゃないかと思うんですね。

あとは、ぶっちゃけですがリモート面接って自宅で行うわけですから、それだけリラックスしてしまうわけですよね。リラックスするのはいい面もありますが、緊張感が欠けてしまうというのもあります。オフィスに赴いて、立派なビルに圧倒されて、豪華な会議室で気持ちを引き締めて受ける面接と、自宅からリラックスしながら、なんならジャケット着てるのは上半身だけで下半身は部屋着のままで受ける面接では、そりゃ気構えが違ってきますよね。そしてそれは自宅から面接してる面接官にも同じことは言えるわけで。そうした違いを認識せずに、対面による面接と同じ基準で採用不採用を判定していたら、そりゃまあ不採用が増えますよねぇと思ったりもするわけです。

と、リモート面接に否定的なことを書きましたが、だからって面接は対面でのみ行うべきとも思ってないです。リモート面接だと特に地域を超えた転職活動が可能になるというのは大きなメリットです。地方の就活生は面接のためだけに莫大な交通費と宿泊費と時間を費やしているって話もありますよね。最終面接は対面でも、一次面接くらいはリモート面接になると、就活生の負担も随分と楽になるでしょうし、ということはそれだけ人材マッチングの最適化も期待できますから、企業にとってもメリット大きいと思うんですよね。今までだと取りこぼしてた層にもアプローチできるようになるわけですから。