住民投票を考える

2020/11/30作成

大阪都構想では住民投票が行われました。まだ実施されていませんが、憲法改正する際には住民投票が行われると言われています。少し前になりますが、イギリスではEU離脱の是非を住民投票で決定しました。

このように、大きな政治課題について政治家が決定するのではなく、住民投票で決定することがあります。そのことについてちょっと考えてみたいと思います。

国によって細かい違いはあるでしょうが、民主主義ということは主権者は国民となります。政治を行うのも、本来なら主権者である国民が行うべきもの。このように国民自身が直接政治を行うのを直接民主制と言います。一方、直接民主制はいろいろ不便な点もありますため、多くの国では代表者を主権者による選挙で選び、政治自体は代表者が行う、間接民主制をとっています。

直接民主制は民主主義の理想ではあるのですが、いくつか不便だったり問題を抱えています。一つは、政治課題は多岐に渡り、しかもそれぞれについて根深い問題を抱えているため、その政治課題について決定を下すためには、十分に調査して問題を理解しないといけない。しかし実際には主権者は本業が別にありますので、大量の政治課題のそれぞれについて直接向き合う余裕が無い。

単純な物理的な問題もあります。日本国民の主権者は未成年者を除いても1億人以上います。これだけの人間が一同に会して話し合いを行うのは不可能です。今はITが発達していますから1億人が話し合うことも不可能ではなくなりましたが、全員が相談してそれなりに納得する合意を得ることはとても難しい。

愚民政治という問題もあります。国民は主権者ではあるのですが、政治課題について適切に判断する訓練を受けていません。将来に発生する問題に気づかず、現時点でのなんとなく安易な政策に流れてしまうことも十分にあり得ます。

直接民主制にはこれらの問題があることから、多くの国では政治家を選挙で選び、その政治家が政治を行うという間接民主制になってるわけですね。ここでは政治家は理想的に政治を行うことを仮定していますが、実際の政治家がそこまで理想通りとは限りません。まあそこはこの記事の本題ではないのでいったん横に置いておきます。

個人的にも直接民主制は理想だとしても、現実には多大な問題を抱えることから、間接民主制が現実的であろうなぁと思います。直接民主制が機能するのは、せいぜいが町内会やマンションの管理組合くらいの規模まででしょうか。これらであっても実際には理事会を選出して、実務は理事会が行っているわけですが。

話は飛びますが、2000年代にマニフェスト選挙が流行ったことがありました。選挙では政治家を選ぶのですが、その政治家を選ぶ根拠として掲げている政策で判断してもらおうというものです。そりゃま「日本の未来を明るくします」とか「国民のために一生懸命汗をかきます」みたいな、具体的にはなにも言ってないような政治家に投票するのは躊躇するものがありますので、政策を提示してもらうのはいいことなのかなとは思います。

ただ、マニフェスト選挙にも問題はあります。一つは、将来に発生する政治課題については投票できないこと。例えば現在はコロナ禍が大きな政治課題ですが、直近の選挙ではコロナ禍など予想できませんでしたから対応策を選挙民が選ぶことは出来ません。また、掲げられた政策の全てに賛同できるとは限らないことも問題です。10個の政策を掲げていて、そのうち5個には賛同するけれど、残り5個には反対だったとしたら、その政治家に投票すべきでしょうかどうでしょうか。その政治家に投票したら10個の政策全てに賛同したものとして扱われますよね。それは投票した人の意志を反映しているとは言えない。では個々の政策一つ一つについて賛否をとってはどうか、というのが住民投票なのかなと思います。ようやくこの記事のテーマに帰ってこれた。

つまり、マニフェスト選挙も、住民投票も、それ自体は直接民主制なんだなと思うわけです。そして直接民主制は上で挙げたとおり様々な問題点をはらんでいますので、果たして住民投票で決定するのが適しているのかどうかというと疑問に感じるわけです。まあ、政治家が密室でこっそり相談して決めたというのよりは納得感はあるでしょうけれどね。

結局のところ、民主主義とて完全な政治制度というわけではないので、様々な問題をはらんでいるわけです。それは直接民主制でも間接民主制でもどっちにしてもです。チャーチルの言うとおり、最悪の政治制度ではあるけれど、でもよりよい政治制度という選択肢を持たない現代の私たちは、この民主主義で暮らしていくしかないわけですかね。