よく勉強しないで政治的な発言をすること

2020/5/27作成

とある政治的な課題に対して芸能人の方が意見を表明して、それに対して「芸能人は政治について勉強してないんだから黙ってろ」って意見がありました。これについて、例によって適当なことを書いてみたいと思います。いつものことですが、書いてることは私個人の非常に狭い見識に基づくものなのであしからず。その見識も間違い誤解も多々あると思いますが、それもあしからず。

まず大前提として、よく勉強せずに政治的な発言をすることの是非ですが、これは絶対的に善なんですね。少なくとも、国民に主権がある民主主義国家である現代日本においては。芸能人だって、国民の一人であって主権の持ち主です。この場合日本人に限るので外国人タレントは除外されますが、今回話題になった方は日本人ですし。その芸能人の方が実際に勉強しているかしていないかはわかりませんが、たとえ勉強していないとしても政治的な発言をすることは絶対に出来ます。主権者ですから。言論の自由としてもですね。不勉強な芸能人は黙れっていうのは、主権の侵害だし、自由権の侵害でもあるわけですね。

だいたいですね、衆愚政治という指摘は民主主義が生まれた古代ギリシアの頃から言われていたことですし、チャーチルも「民主主義は最悪の政治制度である」と言ってのけてるくらいですから、今更な意見なわけですよ。ただ、チャーチルは「他のあらゆる政治制度を除けば」と付け足していますけどね。民主主義が欠陥を持っているなんてみんな承知のうえであって、にもかかわらず民主主義に代わる政治制度を人類は持っていないために仕方なく民主主義を採用してるわけですね。それを2020年の今になって「不勉強なものが政治的な発言をするのはどうか」なんてことをしたり顔をして言うのは、それこそ勉強が足りてないわけですよね。

また、勉強してから発言しなさいってのは魔法の言葉なんですね。政治に限らずどんな分野でも勉強し尽くすことなんて出来ません。一生懸命勉強しても、必ずもっと勉強してる人ってのは存在する。政治に関して言えば、何十年も政治学を勉強してきた大学教授とかに、もっと政治の勉強をしないさいと言われても、とても言い返せないわけです。だから逆説として、勉強しなくても自由に発言してもいいわけです。本人が謙遜して不勉強なので間違ってるかもしれませんがと前置きして話すならいいですが、他人が「お前は勉強してないから黙ってろ」と黙らせることはできないわけですね。

「お前は勉強が足りてない」って指摘してる人って、大抵は「俺が知ってるこの事実を踏まえてない」ってのを指摘してるだけだったりもします。その事実を知ってる分勉強してるのかもしれないけど、でもその事実って「ネットDE真実」だったりもすることも往々にしてあるわけでして。その「俺の知ってる事実」を振りかざしてる人も、さらに別の人からは「私の知ってるこの事実を知らないで」って思われてたりもする。この連鎖はいくらでも続くので、きりがないんですよね。

ちょっと話がそれますが、ここまでの話の流れだと「芸能人は政治の勉強をしてない」って前提になってしまってますね。そういうつもりはないですし、実際には政治の勉強してる芸能人だってたくさん居ると思います。この記事でのテーマが、政治を勉強してなくても政治に参加していいって話なので、その仮定のもととなってます。すいません。

ということで不勉強な人が不勉強なまま政治に参加することは問題ないわけです。もちろん勉強して参加することはより望ましいわけですけれども。ただ、現実問題として芸能人というのは一般大衆に比べると大きな影響力を持っているわけで、その発言は多くの人に影響を与えてしまうわけですね。その点において、近所のおっさんが政治的な発言をするのとはわけがちがうわけですよ。芸能人が個人として発言するならともかく、ファンに扇動するような話し方をされると、ちょっと困ってしまうなぁとも思うわけです。実際、政治に限りませんが芸能人が発言していて、もうちょっと勉強してから言って欲しいなぁと思うことがないわけではありません。もちろん、逆にこの人はスゴい立派なことを言ってるなぁと思うこともあるわけですが。まあ、そんな風に勝手に芸能人の発言にジャッジを下してる私自身がろくに勉強してないわけだから、そのジャッジにどれくらい妥当性があるかって話でもあるんですが。

もう一つ思うのは、芸能人が政治的発言をすることが違和感を感じられるのは、近年の芸能界が政治からわざと距離をとってきたからではないかなという気がするんです。もともと芸能と政治ってのは関係の深いものだったと思います。権力者に愚鈍な役回りを演じさせて笑い飛ばすというのは古典芸能の定番ネタですよね。近年でも風刺マンガとか政治漫談とかありました。多分、青島幸男とか横山ノックの時代くらいまではそういう空気が濃かったんじゃないかな。音楽でも70年代くらいまでは反戦フォークとか成り立っていた。でも多分1980年代のノンポリ時代に入ってから、そういうのが流行らなくなった。政治的な発言をすることがカッコ悪い時代になったので、カッコいいものの象徴である芸能人も政治から距離を置くようになった。J-POPが恋愛の曲ばかりと言われるけど、政治から距離を置いた結果、使い物になる普遍的なテーマが恋愛だったってことじゃないですかね。もちろん今でも政治的なことを歌ってるアーティストもいますけど、メジャーデビューしたら恋愛ソングばっかりになってしまったりする。芸能人側の問題でもあるけど、それを受け止めてる大衆の側の問題でもありますよね。芸能人だって国民の一人なんで政治に参加する権利はあるんだけど、これまであえて政治の話題を避けてきた面はあるのに、それがいきなり政治的な発言をするようになったらちょっとびっくりするよねってのは正直あります。でもびっくりするけど、だからって黙ってろってのは思わない。

ところで芸能人なのに政治的な話題を口にするのが許されてる人もいますよね。しかも不勉強であることをあえて強調しつつも。ワイドショーのコメンテーターの方々です。政治にも学問分野についても不勉強なのに、市民目線のコメントということで不勉強なコメントをすることが許されている。いや、許されていいんですよ。市民目線のコメントも大事なんで。ただ、ならばなぜ芸能人のSNSでの政治コメントは許されないのか。結局は、「コメンテーターは俺の考えと合致するから許す。SNSでの発言は俺の考えと合致しないから許さない」ってだけなんじゃないですかねぇ。

(2020/6/18追記)

ちょっと別の観点からの話もあるかなと。芸能人にしてもスポーツ選手にしても作家や漫画家にしてもですが、これらの職業の人には本業においてファンがつくわけですね。ファンあっての職業なので。ファンのみなさんはその芸能人なりの人の本業のファンなんですね。

その芸能人が政治的な発言をしたらどうか。ファンの人にとって、政治的に同じ意見だったら問題ないでしょうが、そうとは限らない。芸能人としての本業のファンだけど、芸能人個人の政治的な発言が自分の政治的な意見と合わなかったら、ちょっと残念だなと思ってしまうのも気持ちはあるかもしれない。その気持ちは分かることは分かる。でもだからって芸能人に政治的な発言をしてはいけないってわけではないんだけども。

つまりは、芸能人がファンの望む偶像を演じきるかどうかって話ですよね。偶像に徹した方がファンとしては応援しやすい。たとえばアイドルの場合、本当は恋人がいるのに、それを隠してファンの仮想恋人を演じたりもする。ファンも薄々はわかってはいても、うまくだまして貰った方が素直に応援しやすい。でもたまに週刊誌に恋人とのデートをすっぱ抜かれて、ファンに残念がられたりもする。人間のできたファンの人の場合は、それでも応援するぜっていうかもしれないけど、残念に思って離れていってしまうファンもいたりもする。

繰り返しますが、芸能人だって一人の人間だから、個人としての政治的な発言をすることは全くもって問題ありません。ただ、やはり偶像を売ってる商売ではあるので、偶像が壊れて商売の上で不利になったりもすることはある。でもこれって政治的な発言に限らないんですよね。おしどり夫婦で売ってたのに不倫がばれるとか、誠実キャラで売ってたのに陰でパワハラしてたのがばれたとか。そういうイメージを崩すことと、政治的な発言をするのって少し似てるのかもしれない。そういう観点から芸能人やスポーツ選手が政治的発言をするのを好まない人が居るのは分かる。気持ちは分かる。でももちろんだからって芸能人やスポーツ選手が政治的な発言をするのは自由。そこは絶対に譲れない。言論の自由のある国においてはね。


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