犯罪報道における実名と匿名問題

2020/1/5作成

【#実名報道】京アニ事件、実名匿名に政治家の「介入」

リンク先はYahoo!ニュースなので、しばらくしたらアクセスできなくなると思います。でも京都新聞のサイトには記事を見つけられなかったんだよなぁ。ネット上に永続的にニュース記事を残してくれたらいいのに、ってのは今日のお題とは関係ない話でした。

今日ここで書きたいのは、リンク先記事に自体に言及したいわけではなく、犯罪報道における実名と匿名問題です。リンク先はそれに関する記事の一つとしての例示ですね。

京アニ事件に関わらず、犯罪報道において特に被害者の実名を報道するかどうかというのは近年大きな問題になっています。相模原障害者殺傷事件などでも問題になりました。京アニ事件は事件自体が大きいことに加えて、実名報道に関する議論が大きく巻き起こったようにも思います。今後の犯罪報道の分岐点になるかもしれませんね。

実名報道について関連する報道も多くされました。私も少し読んでかじったなかで、実名報道をする目的として納得いったのは以下のものです。

一つは匿名だと事件自体が検証することができないこと。これは言ってはなんだけど、警察が事件を捏造することも可能ということですね。警察はそんな悪いことをしないというのは性善説であって、可能である悪事はすべて実際に行われうると考えるべきかと思います。警察に対する抑止力としてマスコミや市民による事件の検証が可能なように、実名を報道すべきという考え方です。

もう一つはデマ対策。京アニ事件では、京アニの社員が多数亡くなったということは既報としてあがっていて、誰が亡くなったかの実名が伏せられた状態がありました。この段階で、著名な京アニ社員が亡くなったのではないかというデマがネットを駆け巡り、本人がSNS等で否定するという事態もあったようですね。

京アニ事件被害者の遺族の多くは実名報道に反対でしたが、一部には家族が生きた証として実名を報道して欲しいという遺族もいらっしゃったそうです。それはそれで理解できますが、遺族に決定権があるのかというとそれも疑問は残ります。被害者一人に対して遺族が一人っきりとは限りませんから、遺族間でも意見の対立もあるでしょうし。

というような実名報道に対するそれなりに合理性のある理由もありつつ、多くの遺族は実名報道に反対し、実際に数十日間にわたって実名は報道されませんでした。結局報道されちゃったんですけれどね。

なぜ遺族は実名報道に反対したのでしょうか。また、ネット世論では実名報道に対する反対論が主流だったように思います。なぜネット世論は実名報道に反対だったのでしょうか。こっから先は完全に私の想像の世界ですが、おそらくみなさん実名報道自体には反対というわけではなく、実名が報道されたあとのメディアスクラム行為に対する警戒心だったのではないでしょうか。実名報道だけならむしろ望んでいても、そのあとにやってくるメディアスクラムに対する恐怖心から反対とならざるを得ないということはないでしょうか。

もしも被害者の実名が報道された場合、そのあと何が起きるかは私たちは過去の実例から容易に推測することができます。被害者の卒業アルバムの写真がテレビで公開され、卒業文集をアナウンサーが全文朗読します。学生時代の友人と称する人物がモザイクとボイスチェンジに守られた状態で故人の人となりを好き放題にしゃべります。それが事実であるかどうかの検証なんてされません。遺族の生活は24時間マスコミの監視下に置かれます。大切な家族が亡くなって心痛な状況でマイクを向けられるのだけでも辛いのに、日常の一挙手一投足が全国に報道され、平穏な日常生活は崩壊します。そんな状況を望む遺族は果たしていらっしゃるのでしょうか。マスコミは、知る権利と報道の自由を盾にそのような取材と報道を行い、その裏にはそんな報道を喜ぶ視聴者がいるのは確かです。一方で、そんな報道に違和感を持ち、反対意見がネット世論として可視化されているのではないでしょうか。

実名報道には三つのステップがあるのかなと思います。一つは警察発表、次が実名での報道、最後がメディアスクラム。一つ目の警察発表は、警察の暴走を防ぐために必要だと思います。現在のマスコミでは警察発表イコール報道許可とみなされているようなので、2番目の実名報道もセットで行われてしまっているようですが、ここは事件の性質や社会状況などによって適切な判断が行われるべきところではないでしょうか。実際にはマスコミの売り上げ至上主義の判断が下されているように感じられてなりませんね。そして最後のメディアスクラムについては完全に余計なことなので、厳に慎むべきだと思います。


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