趣味とは100%自分の為に行う行為のこと

2019/10/16作成

他人と比べるのがやめられない

趣味でも仕事でも、自分よりももっと上手な人がたくさんいるなかで自分がその行為をすることに意味がないのではないかというお話です。 とてもよくある感じの悩みですね。 くだらない悩みという意味ではなく、普遍的な悩みという意味です。

それに対する反応としては、他人を見下すための手段として行ってしまっているのではないかとか、下手な自分を認めることができないプライドの問題ではないかというようなコメントが付いています。 それぞれ納得のいく意見です。

私なりの意見を述べさせてもらうと、そもそも趣味というのは100%自分のために行う行為だと思うんですね。 他人の為に行うんだとしたら、それはもはや仕事ではないかと。

自慰行為ってあるじゃないですか。比喩としてのではなく、そのままの意味としての自慰行為。 自慰行為って、100%自分のために行いますよね。 自慰行為をするときに「世の中にはもっと自慰行為の達人が居るはずだ。自分なんかが自慰行為をする意味があるのだろうか」なんて考えないですよね。 それで自慰行為をやめてしまったりもしないですよね。 ただ単に自分自身が気持ちよくなるためだけに自慰行為をします。 趣味ってのも、自慰行為と同じなんだと思うんですよ。 こう書くと、そんな下品な行為と高尚な趣味を一緒にするなって怒る人が居るとは思いますが。 そういうレベルの高低の話ではなく、誰のために行っているかという話なんですね。

増田さんのやってる趣味がなにかは書かれてないのでわかりませんが、例えば絵を描くことだとしましょう。 絵を描き始めたころは、下手で下手で自分でも嫌になるってのは、それはそれでわかりますね。 全然思うように描けない。 一方で、ネットを少し漁れば、神のごとき絵師の作品で溢れているわけです。 とうてい自分なんかが描けそうにないような作品が。 そりゃま心折れるのも当然ではありますわね。

そこで心が折れてしまって絵を描くのを辞めてしまうんだったら、言っては何だけど増田さんにとっては絵を描くことは所詮はその程度の趣味でしかなかったってことなんですよ。 それは別に悪いことでもなんでもありません。 趣味は100%自分のために行う行為ですから、自分の心が折れてまで、無理やり継続しなきゃならないものではないんです。 自分が楽しいならやればいい。 楽しくないなら辞めればいい。 単純。

とはいえ趣味もスキルの関わることですから、上達のためには練習が必要です。 その練習も楽しいと思えればなおよし。 練習が楽しいとまでは思えなくても、いつかもっと楽しく自分が絵を描けるために必要なことだと思って耐えられるのなら、それもまたよし。 趣味ってそういうもんじゃないでしょうかね。

と、ここまで趣味は100%自分自身のために行うこととして書いてきました。 とはいえ、実際には世の中そこまで単純にすっぱりと割り切れるものでもありません。 絵を描いたら人に見て貰いたいという思いも出てきます。 ネットにアップすることもあるでしょう。 そして誰かから感想を貰えればうれしい。 その感想が励みになって次の絵が描けるのなら好循環。 だから、趣味は100%自分の為の行為とはいえ、他人の為に行う部分が無いわけではない。 でもあくまでも主体は自分の為。 感想を貰うことが目的になったら、それはもう趣味ではなく仕事だと思うんですね。 そこに報酬が発生していようがしていまいが。

最後に仕事についてもちょろっとだけ。 世の中にはトップ階層の人が行うだけで充分という職業もあるにはあるのですが、実際には数が少ないんですね。 シンギュラリティが実現するような未来は別として、現代においては大半の仕事は人海戦術でこなさなければならないものです。 いわゆる、労働集約型産業というやつです。 労働集約型産業においてはトップ階層であるかどうかは問題ではありません。 最低限度仕事として成り立つスキルかどうかが問題です。 なので、仕事については自分のようなトップ階層で無い人間が行う意味があるんだろうかなんて悩む必要はありません。 仕事として成り立つだけの最低限のスキルを満たしているかどうかだけ気にすればいいのです。