片づけの魔法とGTD、レコーディングダイエットは同じもの?

2019/8/27作成

こんまりさんという方がいらっしゃいますよね。片づけコンサルタントだそうで、婦人雑誌とかワイドショーとかに出てくるような人なのかなぁと思ってました。言ってる内容も断片的に聞いたところではとにかく捨てろで、断捨離とかミニマリストみたいなものかなと思ってました。そんな仙人みたいな人生のどこが楽しいんだと、心の中でバカにしてたのも事実です。

が、なんかワイドショータレントの枠を随分とはみ出してるみたいじゃないですか。TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたりとか、アメリカで番組が大人気だとか、アメリカに移住して今は大富豪だとかなんとか。他人の評価に頼るのもなんですが、そんなに世間で評価されてるってことはただの掃除おばさんとは違うのかなと興味が出てきたので、遅ればせながら著書の「人生がときめく片づけの魔法」を読んでみました。

読んでみての感想は、これはなるほどなと思いました。片づければ人生が変わるというのは大げさなようですが、確かにこの本の通りに片づければ人生が変わるかもしれません。肩書きこそ片づけコンサルタントですが、根っこでおっしゃってることはモノへの向き合い方を通して人生への向き合い方を説いてらっしゃる。

そして思ったのは、こんまりさんの片づけ法ってGTDやレコーディングダイエットと根っこは同じなんじゃないかってこと。要するに、自分にまつわる全ての物を棚卸しし、自分に本当に必要な物だけを選び出して、以後の人生はその本当に必要な物だけと過ごす。その対象となる物が、こんまりさんの場合は身の回りのモノ、GTDの場合はタスク、レコーディングダイエットの場合は食事。そういう風に理解しました。GTDもレコーディングダイエットも極めれば人生を変えるでしょう。ならばこんまり流片づけ術も人生を変えると思います。

そしてもう一つ思ったのは、これって要するに庶民が自分の人生に不要な物に囲まれて暮らすようになったってことなのかなぁということ。貧しかった時代の庶民なら毎日が生きるのが精一杯。不要なモノに囲まれることもありませんし、しなくていいタスクに追われることもありません。もちろん不健康になるほど食べ過ぎることもありません。あふれる程の物に囲まれるというのは一部の富裕層だけの特権だったはずです。でも今はそれなりの先進国の庶民でもあふれる物に囲まれるようになった。そのあふれるものに対する対処法として、こんまり流片づけ術だったりGTDだったりレコーディングダイエットが登場したのかなと思いました。

(2019/9/6追記)

せっかく本を読んだので、見よう見まねですがこんまり流のときめき片づけを自分でもしてみました。確かにこれだと不要なモノをがんがん捨てられますね。もともとある程度片づけをしてたことから、処分したモノはそれほど多いわけではありませんが、それでも結構な量のモノを減らすことが出来ました。

ただ、片づけをしていて思ったのですが、この状態を維持するのってかなり難しいと思うんですよ。理想的には今回処分したモノと同じようなときめかないモノは、今後は部屋の中に入ってくる瞬間に遮断しないといけないんですよね。でも、それってさすがに毎日は無理。とりあえずで部屋の中に仮置きしておいてってモノが今後もゼロになるとは思えない。

また、ときめくかどうかも恒久不変ではないんですよね。最初はときめいていたけど、だんだんときめかなくなっていくモノだってある。ときめきはゼロかイチかでは判断しきれないし、ゼロとイチの間を日々揺れ動いていったりもする。ある日を境にときめかなくなったとしても、その日に瞬間的に判断して処分できるかっていうと難しい。それって、毎日家の中を何か捨てられるモノがないかと睨み続けてた若き頃のこんまりさんそのものですよね。自分の落ち着くべき自宅で、そんな落ち着かない毎日をすごしたくもない。

つまりですね、こんまり流片づけ術ってのは、定期的に棚卸し的にやる方がいいんじゃないかって思うんですよ。毎日行える人は毎日すればいいんですけど、それが無理な人は数ヶ月に一度とか、場合によっては数年に一度くらいの頻度でやってもいいんじゃないかと思うんですね。GTDではそのあたりのことが考慮されていて、定期的に振り返りを行うようにとなっています。振り替えりがなく、毎日瞬時にタスクの要不要を判断しないといけないとなったら、多分GTDは誰も実践できないんじゃないかなぁ。


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