「傷だらけの店長」伊達雅彦

2019/2/15作成

もとは出版業界誌に連載されていた現役書店長のエッセイをまとめたものだそうです。 何気なく買ってずっと積読だった本です。 大変申し訳ないがブックオフで買いました。 そしてようやく読んだのですが、これは凄い。凄すぎる。

一つ一つの章が短くてすぐ読めるけど、それだけに次々と読み進めて行ってしまう。 「ガイコツ書店員 本田さん」も書店員のエッセイで面白いけど、あちらは書店員の立場。 こちらは店長なので、経営とか業界とかのことも入ってきます。

内容としては、とにかく筆者が本と書店を狂おしいまでに愛しているのがひたすらに伝わってくる。 ここまで本と書店を愛する筆者が、その思いの深さゆえに業界を去らねばならなくなることがいたたまれないが、同時にそれが必然でもあるなと思えてくる。 この店長が運営するような書店が日本中の全ての街にあったというのが、一種の奇跡だったのかもしれない。

どこだったかで「優れた書店員の知識は大学教授に匹敵する」という言説をみかけたことがあります。 その比較はどうよと思わなくもないのですが、言いたいこともなんとなくわかります。 およそ書籍と書籍を通じて得られる知識について、書店員に匹敵する存在というのはそう多くはないでしょう。 もちろん司書は匹敵するでしょうけれども。

例えば、常連客がなじみの書店員に「なにか面白い本はないかな」と相談したとします。 その常連客がその書店で過去に購入した本は書店員はすべて把握していますし、これまでの会話の中で過去の読書歴や傾向なども把握しています。 それらの常連客についての知識と、書店員自身が持っている書籍の知識を突き合わせ、瞬時に「最近出たのだとこの本とかどうですかね」とお勧めすることができる。 馴染みの書店員を信頼している常連客も、お勧めされたら迷うことなく購入して読む。 そして書店員が勧めた通り、常連客にとって非常に面白い本だった。

多分ですが、こんな光景がこれまで日本中の書店で繰り広げられてきたんだと思います。 しかし、その光景は今後は希少なものになるか、もしくは皆無になってしまうかもしれない。

今後もこだわりの書店と書店員は絶滅はしないかもしれない。 でもどこの街にもあるということはなく、テレビで紹介されるくらいレアなカリスマショップとしてしか生き残れないのかもしれない。 なんとなく、かもめブックスとかはそういうカリスマ書店になるのかなと思った。

少し前ですが、立教大学池袋キャンパスの丸善に10年務めた書店員さんの退職経緯報告に言葉を失う人々という記事が話題になりました。 伊達雅彦さんと同様のベテラン書店員さんが、会社の都合で振り回されて退職に追い込まれる話です。 辞めることになった書店員さんからの一方的な話なので会社側の言い分はわからないのですが、読む限りはひどい話ですね。 でもこれが現代の日本の書店というか、社会そのものなのかもしれないとも思いました。

膨大な知識と経験に基づいた職人的な書店員というのはもう必要ないのかもしれない。 選書だって、本社が行ったものを全国の書店に共通に並べても、それで問題ないのかもしれない。 食にしても何にしても、画一的なチェーン店が全国展開してそれで充分に市場が回っているわけですから。 こだわりの書店は今後も存在するかもしれないけど、こだわりのオーナーシェフの料理店のような存在になるのかもしれない。 もしくは、今後AIが発展すれば地域ごと書店ごとの傾向に応じたそれなりに最適な選書ができるようになるのかもしれない。 そうしたら、AIに仕事を奪われて失職するは本当かで書いたようなことが、書店員にも起こるのかもしれないですね。 実際のところとして、私自身もAmazonのレコメンド機能でお勧めされて知って読んだ本というのは何冊もあったりします。 読者としては、面白い本が読みたいのであって、それをお勧めするのが人間の書店員であろうともAIであろうとも、どっちでもいいのかもしれない。

随分話がそれてAI論に偏ってしまいましたが、最後に本書に戻って。 宣伝文にある「働く大人の共感を呼ぶリアルな苦悩と葛藤の記録。」は陳腐な言葉ですが、一読すれば真実であることがわかります。 自分がこれほどまでに自分の仕事に真摯に向き合っているかと振り返ると恥ずかしくなるくらい。 伊達雅彦氏のその後が不明ですが、願わくば新しい天職を見つけられていることを。 もちろん書店復帰していても。