5月27日

2012/5/27作成

先日の音楽雑誌によるウィキペディア日本語版の間違い指摘企画に関連して思うところをもう一つ。それはウィキペディアに対する世間からの評価と実態のずれについて。

ウィキペディアが誕生したとき、まだ中身はゼロです。そして知名度もゼロであるから世間からの評価もゼロです。

誕生したときから記事が執筆されていき、ウィキペディアの中身は徐々に充実していきます。つまり実態が備わっていくわけです。しかし、世間的にはまだ無名のままだから評価もゼロのままです。この時点においては、実態が評価を上回っていると言えるでしょう。

しばらくして、徐々にウィキペディアは知名度を獲得していきます。そして「面白い」「役に立つ」などの評価を徐々に受けるようになっていく。実態に評価が追いついていくようになるわけです。

そして2012年現在。ウィキペディアは無名ではなく十分に有名になりました。世間からの評価も高まりました。そして多分だけど、高まった評価は実態を追い越してしまった状態なのではないかと思うのです。

最近になって「ウィキペディアが意外と間違っている」という声を聞くようになってきたように思います。それ以前にはあまり聞かなかったような気がします。多分、評価が実態を下回っていた頃にはそうした声はあまりなかったのではないかと思う。だが最近は聞かれる。「意外と間違っている」という声の裏には、つまり「ウィキペディアは正しいことが書かれている」という期待があるものと推測される。もちろん、ウィキペディアンであればそれが間違った期待であることは自明なのだが、世間の評価というのはそのような内輪の常識とは無関係なところでなされるわけです。

「ウィキペディアは正しいはずだ」という期待があると、百万の記事が完璧に正しくても一つの記事に一箇所でも間違いがあると「ウィキペディアが意外と間違っている」という評価が下されることになる。実際にはウィキペディアはそんなに正しくないので、「ウィキペディアが意外と間違っている」という評価の声はどんどん大きくなっていく。

なんでそのような評価の声がどんどん大きくなるかというと、先ほども書いたようにウィキペディアの実態に対して世間の評価の方が上回ってしまっているからではないかというのが個人的な予想というわけです。多分ですが、この実態と評価は逆転することはあっても一致することはほとんどないのではないかと思う。これからウィキペディアの内容がどんどん正される方向で実態が評価を上回ることもあるかもしれないし、評価の方がどんどん下がってきて実態を下回ることもあるかもしれない。ともかく、実態と評価は逆転を繰り返しながら常に差を維持しているのではないかなぁと思います。だから、ウィキペディアンは「そういうものだ」と思って、やり過ごすのはいいのではないかなぁと個人的に思うわけです。


あおやぎのさいと2.0 新人うぃきめでぃあん日記