6月20日

2011/6/20作成

今日も削除依頼の長期積み残し案件を眺めていたんだけど、「三田渡の盟約」の依頼で興味深い文章を見かける。

以前に「コピーフリーのウィキペディアの文章をコピペして何がダメなんだろう」と書いたけど、ダメな理由がやっとわかった。そうなんだよ。コピペしただけじゃだめなんだよ。コピーフリーではあるけど、パブリックドメインにあるわけではなくて著作権は放棄されてない。で、著作者が主張しているのはコピーフリーだけど著作権者の表示義務はあるよということなんだよ。

だから、単にコピペしただけではこの表示義務を果たしてなくて、履歴欄にどこからコピペしたかを明記しておかないといけないということなんだよ。なるほど、ようやくわかったよ。分かってみれば単純な話なんだけどね。

メーリングリストに加入したこともあり、ウィキペディア以外のプロジェクトもちょこっと覗いてみようと思い、ウィキニュースを少し眺めてみた。流石にウィキペディアほどには知られてないだけあって、言っては悪いかもしれないけど閑散としているというか。統計によると参加者の数もだいぶ少ないし。

ウィキペディアの井戸端に相当すると思われる赤提灯というページで議論をざっと眺めてわかったところでは、ウィキペディアと違って査読・公開というシステムがあり、原則として公開した記事は修正してはいけないらしい。んで、初心者(大抵はウィキペディアから流れてきたであろう)が記事を修正して怒られるというのが常態化しているとか。それなら、公開した記事は保護してしまえばいいと思うのだが、そうはいかんのかな。もうちょっと色々眺めて勉強してみよう。

カテゴリ無しと孤立ページの更新があったので作業。カテゴリ無しに「ウィルフリッド・ローリエ大学」というページがあった。初版は「Wilfrid Laurier University」へのリダイレクト(英語版ではなく日本語版への)。2版は白紙化。

削除依頼に出そうかと思ったけど、リダイレクトの削除の方針をよく読むと、記事化できる場合は普通に編集して構わないということだったので、ぐぐった情報から最低限のスタブに仕上げた。

で、出来上がったあとに、何気なく初版執筆者の会話ページに行ってみると、削除依頼の報告が!がーん。リダイレクトの削除依頼のページに行ってみると、確かに削除依頼が出されてる。気付かんかったよ。つか、リダイレクトの削除依頼って、その記事ページにはタグも何も貼られないから、わかんないよな。うーん、うかつ。仕方が無いので、削除依頼のページに加筆の報告と、出来ればこのまま存続して欲しいというコメントをつける。

北京市アメリカ人殺害事件」改め「2008年北京鼓楼刺傷事件」。どうしようか悩んだけど、立項することにする。とりあえず、ToDoが一つ完了。ほっと一息。

ウィキニュースには短信という短い記事用のページがある。練習にはちょうどいいかなと思って、スパコン京の世界一のニュースを投稿してみた。が、投稿してから気付いたけど、本記事(というのが適切かどうか)が執筆中だったのね。そりゃ、これだけの大ニュースだから、執筆されてない方がおかしいか。うむぅ、こういう場合はどうなるんだろう。削除されるのかな。やってしまったものは仕方がないので、様子をみよう。

短信のノートにも書いてあったけど、ウィキペディアのトップにも「最近のできごと」というコーナーがあって、かぶってるんだよね。統合してしまえればいいのに、それは無理なのかな。今は各プロジェクトのサイトは完全に独立した状態になっているけど、各プロジェクトのいいとこ取りをしたようなウィキメディアポータルサイトみたいな形になるといいんじゃないかなと妄想するけど、簡単なことではないんだろうね。多分。

ところで、ウィキペディアの編集者のことをウィキペディアンというのだけれど、ウィキニュースの編集者はなんと呼ぶのだろう。特に決まってないのかな。全てのプロジェクトを統合してウィキメディアンというのはありそうだ。

なんとなく思い立って、懐かしの「Crobots」の記事を翻訳する。私はこれでC言語に入門したんだよねぇ。サブセットCだから、ちゃんとしたCではないんだけど。しかし、翻訳してて驚いたけど、クローンが凄い進化を遂げてるんだね。こういうことを知ることが出来るのって、楽しいねぇ。

ところで「2008年北京鼓楼刺傷事件」にしても「Crobots」にしてもそうなんだけど、記事をアップしたらすぐにロボットによって英語版の記事に言語間リンクが貼られるね。24時間ずっと動かしっぱなしになってるんだろうか。もしくは、新着記事をチェックするようなロボットになっているのかな。せっかく英語版に編集履歴を残せると思ったのに、これでは出来んではないか。


あおやぎのさいと2.0 新人うぃきめでぃあん日記