はみ出し小話 交通事故体験

2002/12/1作成

交通事故体験について調べに来られる方が結構おられるようなので、日本一周ツーリングの途中で社内ネットで公開していた記事を転載します。傷の経過については、現在では瞼は更に傷跡が目立たなくなり、メガネのフレームに重なる事から普通にしていればまず誰にも気付かれません。視力についてもその後影響は出ていません。

本文中ではプロテクタについて細かく書いてなかったので補足しておきます。事故の時のわたしの装備は、フルフェイスヘルメット、ゴーグル、エンデューロジャケット、エルボーパッド、モトクロスパンツ、ニーシンガード、オフロードブーツ、グローブです。それとハンドルには当然バーパッドを付けていました。より言えばブレストガードや脊椎パッドもあった方がいいんでしょうが、ツーリングそのものの快適性を阻害しそうなので考えるところです。

なお、言うまでもありませんが交通事故になんて合わないに越したことはありません。幸いにしてわたしは2度も事故から生還しましたが、これを自慢する積りなんてこれっぽっちもありません。事故にあうなんて、カッコ悪い事です。

☆交通事故について反省しよう
 (追加分 1998/05/28)

 横断歩道でもなんでも無い場所を横断しようとしていた。車が来ているのは
 見えていたが、車より先に渡り切れるだろうと判断して飛び出した。
 ところが見事に判断ミス! をしたため絶妙のタイミングでクラッシュ。
 どういう体勢になったかはよく覚えていないが、車のフロント部分で
 後頭部をうったらしい。その後、地面に倒れ込んだのが不幸中の幸いで
 体の上を車が通過し、大きな怪我は最初の頭部だけで済んだ。
 そのまま近所の病院に運び込まれ1週間入院したが、幸い精密検査をしても
 問題は無し。

 反省点としては
 ・車の速度を過小に評価してはいけません
 ・自分の足の速さを過大に評価してはいけません(笑)

 というのは幼稚園児の頃の話(^^)。ちなみに今でも後頭部に傷跡としてハゲが
 残っているはずです。

 さて本題。

 淡路の山中の狭い道をバイクでゆく。センターラインも無い1.5車線道路を
 大きなトラックやダンプが何台も行き交い「危ないな」とは思っていた。
 そして、緩やかな左のブラインドカーブにさしかかった時
 突然真っ正面から大型車が登場!
 ちなみに正面を見ただけでは、トラックかダンプかは判断が付きません。
 みんなでかい車です。後から聞いた話しでは、正解は生コン車だったようだ。

 大急ぎで生コン車の左右のスペースを確認する。左側にはスペースが無い。
 後で聞いた話では、生コン車からみて右側にはみ出してコーナーを
 ショートカットぎみに走行していたらしい。ただでさえ狭い1.5車線道路を
 幅の広い生コン車が通行しているのだ。はみ出してきていれば、バイクと
 いえども走行スペースは残るわけがない。
 では右側はどうか。左側のスペースが無くなった分右側にはスペースが
 出来るわけだが、すでに右側に避けるだけの時間的余裕は無い。
 さあどうする。衝突までの時間は、わずかしか残されていない。
 最後の手段、自分から転倒するという方法もある。そうすれば、まず
 相手はバイクを轢く事になるので、運が良ければそこで生コン車は
 停止するだろう。しかし、乾燥重量114kgしかないTT-Rで、果たして
 生コン車は停止するか?停止しなかった場合、体がもろに轢かれて
 しまうので搭乗者にも大きな被害を負ってしまうだろう。
 という様なことを考えつつも、実際には発見から衝突まではは1秒程度の
 時間しかなかったと思われる。つまりは、
  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
  !!!!!!!何も出来なかった!!!!!!!
  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 というのが実情に一番近いのかもしれない。

 そして衝突の瞬間…の記憶はさすがに無い。
 覚えているのは顔面から血を流してアスファルトに投げ出された所からだ。
 幸いなことに、生コン車がちゃんと停止したので、被害は事故の状況に
 しては奇跡的に軽い。やはり普段の行いがこういう所に…というと非難轟々と
 思われるので、素直に「憎まれっ子世にはばかる」と認めておこう。
 正面からぶつかっていった為に、まずバイクに衝撃がいったというのも幸運。
 バイクは、リム、フロントフォーク、ハンドルが全部交換になるほど
 ひどい損傷を受けたらしい。(私は結局壊れたバイクを見てない)
 ヘルメットをかぶり、プロテクタ類もきちんと装備していたのもよかった。
 生コン車のフロント部分に頭が突っ込んだわけだが、フルフェイスヘルメットは
 きちんと衝撃を吸収してくれた。衝突の次の瞬間にはアスファルトに背中から
 落ちたわけだが、ここでも幸運があった。荷物を詰めたデイバッグを背負っていたので
 これがクッション代わりになってくれたのだ。
 ちなみに荷物の中には桃子さんさから貰った本も入ってました。
 桃子さんは、ちょっとだけ私の命の恩人かもしれません(^^)。

 即座に警察と救急車が呼ばれた。警察が先に到着したため、まずは現場検証。
 地面に寝転がっている私の回りを警察官がチョークで囲む。なかなか気分は死体。
 ちなみに痛いので突っ込む気力も無い。珍しい体験ではあるけど。
 その後、これまた初めての救急車に乗って病院に運ばれました。

 怪我は結局、事故の衝撃で割れた眼鏡のレンズで目の回りを切っただけ。
 眼球にも脳にも骨にも影響が無いというのは、かかった医者かかった医者に
 突っ込まれた。なかには
 「なんでそれで生きてんねん」
 という人まで居る始末。何が不満やねん。

 さて、反省点。
 ・ヘルメットやプロテクタはしっかり装備しよう。
  ちなみにヘルメットはフルフェイスが基本。JIS-C級とSNELL規格に合格している
  もっとも対衝撃性に優れたものが良い。
 ・ブラインドカーブ手前では、ミラーでしっかり対向車を確認しよう。
  確認出来ない場合は、徐行するか直前で一旦停止をするくらいでいいかも。
  ちなみにミラーだけでは車線まで分からない事が多いです。対向車線にはみ出して
  くるような無謀な運転手も居るという事を認識しよう。
 ・とっさの事態に的確に対処出来るようなテクニックを少しでも身につけておこう。
 てな所でしょうか。

 (追加分 1998/08/19)
 怪我についてえですが、8/19日時点でも完治したとは言えません。現在の状況としては
  右瞼 まだ傷の炎症が消えていないため赤くなっている。ただ、当初かなり目立つ
     瘢痕が残ると思われていたのだが、瘢痕を作りにくくする薬を飲み続ける
     治療を受けた結果、かなり目立たなくなってきている。
  右目 網膜震盪と診断されたが、こちらはほぼ完治したそうである。心配された
     視力への影響も、現在のところあらわれていない。
 てな感じです。
 4月の新人歓迎会の時にお見せした状態はかなりひどい傷ではありましたが、現在は
 こちらから言わないとなかなか気付かれない程度までおさまってきています。
 # もっとも事故直後の傷はもっとひどかったけど(^^)。

(2002/12/2追記)

読み返してみると不足している情報もありますので、思い出せる範囲で交通事故に関する話を補足しておきます。

事故をして路上に投げ出された直後、目の周りを怪我したのに気が付いてまずした事は、痛みが激しくなる前にヘルメットを脱いだ事です。我ながら冷静な判断ですな(^^)。これは多分正しい判断だったと思います。痛みが来てからだとヘルメットを脱ぐのは何倍も辛かったでしょうから。それともう一つは片目ずつ瞑ってみて、両目とも視力を失っていないことを確認したこと。実際、この時点で眼球に大きな傷を負っていない事を確認できたのは、自分としては大きな安心材料でした。

救急車に乗って淡路島の病院に運ばれ治療を受けました。瞼の部分にガンガン麻酔注射を打たれ、瞼をザクザク縫われました。今考えたらかなりいや〜な体験ですが、当時はとにかく傷が痛いので、いやとか思っている余裕はなかったです。また、頭を打った事から頭部レントゲンを撮影され、脳に問題はないようだと診断され、ここで初めて安堵することが出来ました。頭部に衝撃を受けた場合、直後には意識がはっきりしていても数時間後に容態が急変してそのまま死亡するという事がありますので、「もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれない」という恐怖がずっとあったのでした。

警察の取調べは、とりあえず事故現場では自分はチョークを引かれた以外は何もしていないと思います。何かを聞かれていたとしても「痛い」しか答えていないはずですし。おそらく病院で免許証を提示し、そこから警官が手続きなどをしてくれたようです。両親にも連絡してくれたようで、ほどなく両親が迎えに来てくれました。事故にあったのは、自宅から車で1時間くらいのところなんですよね。

自宅に戻って近所の総合病院にあらためて診察を受けに行きました。この病院には脳外科もあり、CTスキャンを取って再度頭部を診察され、ここで脳外科の先生にも問題無しと診断していただきました。また、ここから眼科を紹介してもらい、網膜はく離一歩手前の網膜震盪と診断されました。網膜が揺れた状態ですが、このままおとなしくしていれば失明などの危険性は少ないそうでした。こちらも一安心です。

ここまでの治療代は、実は全額親に立替えて払ってもらっていました。レントゲンやCTスキャンなど高額な検査をしていますので、結構掛かって確か20万円くらいだったと思います。交通事故の場合、通常の健康保険ではなく事故相手の自動車保険扱いになるのですが、保険会社との手続きが終わるまでは自腹で立替えるしかないためです。手続きには確か1週間くらいかかり、即座にそれまでの治療代を支払ってもらいました。また、以後の治療代は保険会社に直接請求が行くようにし、自分は窓口では支払う必要がないようにもしてもらいました。

保険と言えばわたしのバイクの修理についても。最初、TT-Rは事故相手の生コン車を普段整備している整備工場に運び込まれたそうです。その整備工場が出してきた修理見積もりは10万円。しかし、この場合相手方にとって有利になるように見積もられているのが明白でしたので、逆にわたしがいつもお願いしているバイク屋に壊れたままのバイクを運搬してもらい、そちらで見積もりしてもらいました。こちらの額は正確に覚えていませんが25万円くらいだったと思います。なお、引き取りに言ったバイク屋のスタッフによると、最初に運び込まれた整備工場はトラックなどしか取り扱っていないところで、とてもバイクの修理が出来るようなところではなかったそうです。もしも最初の見積もりどおりで修理してもらっていたら、どんな修理になっていたかと思うと、ちょっと怖いものがあります。

事故から1週間くらい経った頃だと思いますが、事故のあった淡路島の所轄の警察署に出向いて調書を取られました。自分のわかる範囲で事故の様子を説明しました。ここで事故の相手方の調書も見せてもらい、担当警官にも「事故の原因は生コン車のラインオーバー」と説明されました。ここで調書のコピーを取らせて欲しいとお願いしたのですが、それは出来ないとの事。事故証明だったら請求すれば発行できると言うことなので、後で事故証明を請求したのですが、これには事故のあった日時場所と当事者名などが記載されているだけで、事故原因などについては一切触れられていませんでした。

特に死亡者が出たわけでもひき逃げがあったわけでもないので、あとは示談となります。お互いの保険会社を通して交渉するわけですが、最初先方が「事故の原因はわたしにある」と主張してきました。さすがにそれは飲めないので突っぱねたところ、7:3(わたしが3)の過失相殺を提案してきたので、そこで手を打つことにしました。実際、わたしも走行していたわけですし、あんまり強硬な態度に出て先方がおかしな事を考えても困りますので。

事故直後からしばらくの自宅療養について。軽いながらも体のあちこちも打撲で痛いですし、右の瞼は完全に腫れて右目が見えない状態でしたので、最初の1週間くらいはほとんど寝たきりの生活を送っていました。この場合困るのが、とにかく退屈な事。怪我と言うのは病気と違って基本的に治っていく一方ですから、痛みが治まってくると周りが気にするほど本人にとっては大変な事ではなくなってしまうのですよね。で、意識ははっきりとしているし、かといって寝たきりには違いないので何も出来ない。仕方が無いのでわたしはひたすらラジオを聞いておりました。ちなみに片目が見えないと本当に遠近感が狂います。自分の部屋などでは知識として持っているものの大きさや位置で補うことも出来るのですが、一番困ったのは急須のお湯を湯飲みに注ぐような時でした。本当に注ぎ口と湯飲みの位置が合わないのです。

治療について。瞼の怪我については抜糸が終わり腫れも引いた後には、瘢痕対策が主になっていきます。瘢痕と言うのはアレルギーと同じ反応らしく、薬として抗アレルギー剤を飲みつづける事になりました。ちなみにこの治療法は比較的新しいものらしく、わたしの担当医は初めて行ったそうです。1年後くらいにわたしの傷跡を見て「結構効くもんやな」と感心していました(^^)。わたしは実験台ですか。

とりあえず思い出せる範囲としてはこんなものです。追加があればまた書きます。それにしても、こうして書き出してみると事故なんてするもんじゃないですね。いい事なんて一つもないです。思い出しても全然楽しくない。これを読んだ皆さん、交通事故には気を付けましょうね。無謀な運転はやめましょうね。わたしごときが言う事ではありませんが、それでもやっぱり言ってしまいます。事故はやめときましょう。


あおやぎのさいと2.0ツーリングレポート