夢をあきらめるとかあきらめないとか

2012/3/3作成

モーニングの編集長さんの発言に連なる一連のツイートが話題になっているそうです。

まあ言っていることはどれも正論というか、別に間違ったことを言っているとは思わない。正解の無い話でもあるしね。で、なんで私がブログの記事を起そうかと思ったかというと、漫画家ほど過酷ではないけれど、私も一応才能で食っているようなもんなんで、やっぱりこういう話を聞くとちょろっと自分の意見を言いたくなるからなわけですね。

と言っても別に自分のことをそんなに言いたいわけではない。第一、自分自身は偶然にも恵まれた境遇にあったと思うので、これを参考にしろとはとても言えないからだ。たまたま好きな分野があって、好きで始めてみたらそれなりに適性があったようで、仕事にしようと思ったらなんとなくそれなりに仕事になってしまったという、ほんと幸運だったねとしか言いようがないからだ。

話したいのは、自分のことではなくて、かつて自分が面倒をみた人たちのこと。私も社会に出て何年か経つと、先達として後進の世話をすることもあったんだ。色々な事情があって、ほんの数ヶ月程度の短い期間だったんだけどね。ただ、その短い期間でも伸びる人は伸びるし、ダメな人はダメだった。で、こっからが話の肝なんだけど、その数ヶ月が終わったあとのこと。伸びたと思った人がその後全然伸びなかったり、逆にダメだと思った人がぐんぐん伸びたりしたってことがあったの。「そりゃお前の人の観る目がなかっただけの話やろ」と言われればそれまでなんだけど、私の観る目が多少は確かだったと仮定したら、やっぱり人は環境によって変るんだねというのを思い知らされた。だから、事情による数ヶ月という期間が数年に延びていたら、その人たちの成長の仕方もまた変っていたかもしれない。

一連のツイートの中に、漫画家は合う編集者に出会う運も必要という話があったけど、それはその通りだと思う。人間なんだから、人によって合う合わないは絶対にある。だから、今一生懸命頑張っている人で、頑張っているのになんか手ごたえがないというか、自分が伸びてないなと実感する人は、環境を変えてみることをお勧めする。持ち込みの漫画家さんだったら、持ち込み先の編集部や出版社を変えてみるというのも手だろうし、作風・画風を変えてみるという手だってあるだろう。極端な話、引越しをしてみたら気分一新してってこともあるかもしれない。だから、そういう可能性も考えてみていいんじゃないかなと思う。

あともう一つ。これは一連のツイートをしていた人たちに感じた違和感なんだけど、みんな上から目線なんだよね。そりゃ、みんな世間的に大成功している漫画家さんたちばかりだから、上から目線で語る資格があるのかもしれないけど、でもそれって変だよ。というか、元のモーニングの編集長さんのツイートからしてちょっとずれてるなと思うのは、夢を諦めるのも諦めないのも、決めるのは本人じゃないの?モーニングの編集長さんに「お前才能無いからやめとけ」って言われたから諦めるの?それって絶対変だよね。まあ、モーニングの編集長さんの本意もそこにあるわけではないというのは分かっているんだけど、みんなそこんところをなぜかスルーして上から目線で語っているので、気になった。

安永航一郎さんが「宝くじに全財産つっこむ前に気付け」と言っていて、それは凄く真理ではあるんだけど、この発言にも問題はあって、どこまで突っ込んだら全財産かというのが人には分からない。まあ、この場合の全財産というのは人生の時間ということになるんだろうけれど、極論すれば人はいつ死ぬかわからないから全財産がどれくらいはわからない。まあ、そこまで極論に走らないとすると、一般論としては「3年頑張って芽が出なければ諦めろ」とか「30歳まで頑張って芽が出なければ諦めろ」とかになるんだろうけれど、「いやいや、オレは50歳までも60歳までも頑張る」って人がいても、それは本人の自由だから別に止めようが無い。こういう例に挙げて申し訳ないけれど、イエス小池さんという方がいる。ジョージ秋山さんのアシスタントをして三十数年だそうだ。イエス小池さんの場合は、デビューもしているし単行本も出しているので漫画家と言えなくもないんだけど、残念ながらひとり立ちしているわけでもないので、プロの漫画家とはまだ言えないと思う。でも本人はまだ頑張ってる。これから連載を勝ち取って大ヒットを飛ばすかもしれない。その思いを否定することが出来る人が居るのか。更に極論を言えば、本人の存命中にはついに評価されずに終わるかもしれない。しかし、死後になってから評価されることだって無いとは言い切れない。もしそうなったら、作品が評価されたわけだから、表現者としてのその人の人生は成功だったと言ってもいいのではないだろうか。

うん、凄く極論を言っているのは分かってる。そこまでストイックになれるか?というと、大抵の人はなれないだろうと思う。だから、最初の話に戻るけど、夢を諦めるというのは、そこまでストイックに自分の人生を掛けられるか?というように問いかけて、それにノーと答えたんだと思えば、諦めもつくんではないかと思うの。これで最初の話に繋がった。どうだろう。

(追記)

書いててなんか違和感があったんだけど、ようやく分かった。目的が二つあって、それを混同していたんだ私は。この場合の目的というのは「漫画家として成功して、金と名声を得る」というのと「表現者として作品を作る」の二つ。コメントしている人はみんな前者について言っていて、私は後者に軸足を置いて考えていたんだ。そうかそうか。そう考えるとすっきりする。

あ、念のために書いときますと、別に「漫画家として成功して、金と名声を得る」が悪いなんて全く思ってないですからね。そんなにイノセントではありません。汚れきった人間です、私は。私だって、得られるものなら金も名声も欲しいですし。ただ「表現者として作品を作る」ことを目的にしている人は、編集者にダメだしされようがなんだろうが、勝手に手を動かして作品を作り続けているだろうと思う程度には純真です。