GTDことはじめ

2014/1/5作成

年初ということもあり、以前から気になっていたGTDに今年から取り組むことにしてみた。って、今更GTDかよ、って気がしないでもないけど。ネットで流行ったのって何年前だっけ?参考にしたムックだって2006年の出版だしな。まあ、でも最近はGTDの単語を聞くことはなくなったけど、ダメだったという話もあるまい。なんだって使いようだ。別に効果がないわけだはなかろう。ダメだったらやめて次にいけばいいだけだ。

GTDについては以前からネットの記事をいくつか読んだことはあったけれど、もうちょっと体系的に整理して勉強したほうがいいだろうということで読んだのが「Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~」。ほんとは原典の方がいいんだろうけれど、こっちの方が手軽そうだったのでとりあえず。以下、私なりに読んで理解した内容です。

GTDは仕事術ではあるんだけど、仕事術はあくまでも手段であって、目的はタスクを記憶することで脳を圧迫することから解放する事。余分なストレスから解放された脳は創造的な仕事をすることが出来るようになる。

個人的にはこの考え方はちょっと懐疑的な気もするんだけどね。ほんとにストレスから解放されたら創造的になれるのか。あれもこれもで手一杯で追い掛け回されていたら考える暇はないようだけど、そうしたときでもアイデアはひらめくことはある。そうでなくても、ある程度のストレスはあってもいいし、手や頭を動かしているときに連想的にアイデアを思いつくこともある。だから創造的になれるというのはどうかとは思うんだけど、仕事術としては悪くないような気がするのでとりあえず取り入れてみることにする。

もう一つのGTDの肝は、タスクをオープンで抽象的な状態からクローズで物理的な状態に定義しなおすこと。例としてダイエットが上がっていたが、ダイエットには終わりが無いから、いつまでもタスクとして残り続ける。それにダイエットというタスクには物理的な手段が定義されていないから、何をしていいかもこれではわからない。そこで体重計を購入するために品定めをするという物理的なタスクに置き換えていた。これは分かる。タスクが物理的になっているし、タスクの完了もどれを購入するか決定することというように明確になっている。

ただ、これも疑問はある。ダイエットを体重計選択というタスクに置き換えるのはいいけれど、そのときダイエットというタスクはどうなるのか。消してしまうのか?消してしまったら、極端な話としてダイエットは実行できなくなってしまう。では残しておくのか。残しておいてはいつまでもオープンで抽象的なタスクが残ってしまう。ダイエットを例えば毎日ジョギングして一定の体重になることというように再定義したとしても、それも問題はある。目標体重まで減量してもリバウンドしたら意味が無い。リバウンドしたら再度ダイエットというタスクを作ればいいという考え方もあるけれど、ダイエットというのはそもそも理想体重を維持することだ。体重を減らすのは減量。ダイエットのように状態維持系のタスクはGTDではどう扱うのだろうか。

とまあ、いろいろと疑問は残らないでもないんだけど、いつまでもそこにこだわっていても前には進めまい。実践していくうちに分かっていくこともあるだろうと期待して次に進む。こっからは実践編。まずは頭の中にあるタスクを全て吐き出す。GTDでは脳は信頼できるメディアではない。忘れるからね。だから記憶することは信頼できるメディアに任せて、脳は創造的な仕事に専念すると。専念するから、脳にタスクを記憶させてはいけない。タスクの全てを吐き出す。全て。全てであることが重要。仕事のタスクもプライベートも趣味も何もかも。と言っても仕事のタスクは守秘義務の関係で持ち出せないこともあるだろうから、そうした場合は会社とプライベートでタスクリストを分けて作るしかないだろうね。

GTDを開始するときはタスクを全て吐き出すのが肝心。タスクを全て吐き出して脳をクリアにした状態を一度作り、それを維持するのが目的だから。だからとにかく脳にあるタスクは全て出す。大きなものから小さなものまで。数年掛かるようなものから1分で終わるようなものまで。とにかく全て。この最初のタスク出しの作業には数時間はかけることとある。10分程度では全部出し切れないから。10分程度で出てくるのは表層的なタスク。そっからしばらく何があったっけなーと考えて考えて、頭の中から搾り出して全部出し尽くすには数時間はかかると。

次に行うことはタスクを分類すること。「いつかやること/多分やること」「資料」「プロジェクト」「連絡待ち」「カレンダー」「次の物理的アクション」「ゴミ箱」に分けるそうだ。

「プロジェクト」は、いつかやることとか複数のタスクからなるものなど。ダイエットの場合はここに分類しておいて、適時具体的なタスクを発生させていけばいいのかな。「資料」は備忘録でいいのかな。「連絡待ち」はボールが他人に渡っている状態のこと。今すぐ自分が手をつけることは出来ないけれど、ボールが返ってきたら自分のタスクになるもの。「アクション」は自分が着手するのに何もさえぎるものがないもの。なので、次に何をしようかと思ったら、ここにあるものを実行すればいい。

「ゴミ箱」は、タスクとして挙げたけど、よくよく考えると別にやらなくてもいいやということ。私にとっては、時々挙がってくる「英語を勉強する」とかがまさにそうだな。やった方がいいのは自明だけど、費用対効果と何よりもやる気という点でいつもボツになる。このゴミ箱に移動したタスクはそのまま忘れてもいいようなんだけど、これ置いといてもいいんじゃないかな。一度はタスクとして考えたことがあるというのは、自分にとってなんらかの必要性があるということで、将来的にタスクとしてあがってくることもある。直接タスクにならなくても、アイデアメモとして時々見返すとなんらかのヒントになるような気がしないでもない。一方で、そんなもん捨ててしまえ、断捨離だ、ってのも考え方ではあるとは思う。

分類が終わったら、日常的にはアクションにあるタスクをひたすらこなす。次に何をやるかを覚えておかなくていいので効率的であると。もちろん新しいタスクは次々に発生するので、それを脳に記憶させては意味が無い。発生したタスクは即座にリストに記録する。分類はその場でやってもいいけど、レビューでやってもいい。

そして大事なのは定期的なレビュー。レビュー自体はいつでもやっていいんだけど、ここで言うのは全体的なレビュー。いつやるか、どれくらいの間隔で行うかはひとそれぞれだそうだけど、大体一週間に一度くらい、決めた時間に行うのがいいそうだ。レビューで、全てのタスクをその分類に入れておいていいのか。新たなタスクがあったらそれを分類するといったことを行う。

以上がGTDの一連の流れになるのかな。こっから先は私のGTD導入について。

まずは最初のタスク出し。田口元さんは3時間かかったというので私も3時間をめどにやってみた。紙に書き出した場合は数十枚になるだろうということだったけど、私の場合は10枚くらいにしかならなかった。まあ、それは田口元さんと私の抱えている仕事の規模や質の違いなんだろう。それより本質的な問題は、全部出し切ったつもりなのに、別に脳がクリアになったとは全然感じなかったこと。相当考えたつもりだけど、これはまだ脳にタスクが記憶されているということだろうか?うーん。しかし、これ以上時間をかけても現状では出てきそうにないので、追加のタスクはレビューで考えるとして、とりあえず先に進もう。

次にタスクを分類する。個人的には「いつかやること/多分やること」「資料」「プロジェクト」は一つにまとめてもいいかなぁという気がする。あとカレンダーは時間という他人にボールが渡っている状態かなと思うので連絡待ちと統合してみることにした。なので「プロジェクト」「カレンダー」「アクション」「ゴミ箱」の四つに分けることにした。タスクを機械的に分類していく。これも結構大変だな、最初は。これだけで1時間くらいかかったか。しかも、最後のほうはめんどくさくなってきて、適当になってきたし。まあ、とりあえずタスクリストに入っていれば忘れることはないわけだから、それでいいか。なんでも完璧である必要は無い。ちなみにこの状態でタスクは大体500件くらいかな。プレーンテキストで自由形式で書いているから厳密な件数は数えるのが面倒。そのうちアクションに入っているのは30件くらい。うう、1日でこれを全部こなすのは無理だー。

ちなみにGTDはツールを選ばないので、何でも自分でこれはと思うツールを使っていい。個人的にはもともとToDo.txtというテキストファイルでToDo管理をしていたので、とりあえずこれをそのままGTDに合わせて改訂して使ってみることにする。GTDにも使えるウェブサービスもたくさんあるけれど、いくら進化したとはいえ、ウェブインターフェイスはこの手の思考的なツールにはあまり向いてないかなぁと思うのでとりあえず今はパス。でも世間的にはcheck*padとかRemember The Milkとかを使うのが一般的らしい。


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