「R25 つきぬけた男たち」R25編集部

2007/8/5作成

フリーペーパーR25に連載されているインタビュー企画をまとめた本。各界の成功者がR25世代へのメッセージを語る。んだけど、どうにもこうにも自分の中に入ってこない。なんでだろうかね。元がフリーペーパーという軽く読み捨てられるメディアに掲載されたものだから文章自体も読み捨てられる軽いものなんだろうか。インタビューという形式の文体が自分に合わないんだろうか。などなど考えたけど、多分どれも違うな。一番ありえそうかなと思った理由は、自分が語りかけられる対象であるR25世代から外れていることではないだろうか。

R25世代というのは、25歳から34歳と定義されているらしい。私なりに解釈するR25世代と言うのは、思春期を過ぎて個人としての人格はほぼ完成したけれど、社会人としてはまだ駆け出し。まだ何者でもなく、また何者にでもなれる可能性をもっている世代というところではないかと思う。

私は現在38歳。既に厳密なR25世代からは外れてしまっている。何者でも無いというほどには、積み上げてきたものは軽くない。何者にでもなれるというほど、今までの自分を捨て去る勇気があるわけではない。むしろ、私自身がR25世代に向けて何か語れと言われればいくらでも語れるくらいの年齢になってしまった。もちろん、私のところにそんなことを聞きに来る人は居ないわけだから語る機会もないんだけど。

メッセージと言うのは送り手と受け手の共同作業で成り立つ。どんな名著・傑作であろうとも、読んだ人が共感しなければ単なる駄文に過ぎない。ターゲットであるR25世代から外れた私は本書のメッセージを受け取ることができなかったんではないだろうか。

メッセージはともかく、本書のような企画自体に疑問がないわけでもない。本書に出てくるのはつきぬけた男達である。しかし、読者の大半はつきぬけていないだろうし、多分今後も一生つきぬけることはない。本書に出てくる人たちは、R25世代の頃には自身が社会現象になるようなことを経験している人も多い。そうしたときに、これは流されているだけだ、本当に自分がやりたいことはこんなことではないはずだと流れに逆らったのがつきぬけた瞬間だったりするのだろう。だが、読者の内いったい何人がそんな経験をするんだろう。私は「本当の自分探し」とか「本当に自分がやりたいこと」などを完全に否定はしないが、ほとんどの凡人には有害ではないかと思っている。凡人はただ流されて何者にもなることなく一生を終えるのである。それが凡人なのである。そうした凡人に非凡な人からのメッセージを送っていったい何になるんだろうか。

最後に細かい話だが、「中央線なヒト」に、みうらじゅん氏が糸井重里氏から「売れたかったら中央線から出ろ」と言われたと言うエピソードがあった。その後日談がこの本にあって、言われるがままに中央線から出たところ確かに仕事がくるようになった。けれど、それは自分をだまして回りに流されているだけだと思い、結局元のスタイルに戻して今があるそうである。


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