「イラク 戦争と占領」酒井 啓子

2007/11/21作成

イラク戦争と戦後統治についてのルポ。

イラク戦争について一般向けのニュースくらいしか追っかけていない私にとって以前から疑問だったのは次の二つ。

アメリカがイラクに攻め込んだ大義名分としては大量破壊兵器に関して国連決議に従わないからだが、本書でも詳しく書かれているとおり、フセイン政権は必死になって国連決議に従おうとしており、アメリカは最後には国連を無視して戦争に踏み切っている。そこには当然大義名分とは別の本当の理由があるんだろうと思われる。一説にはイラクの石油利権とも言われていて、それも理由としてあるだろうけれど、それだけでは理由として弱いと思う。文明の衝突論的にキリスト教文化とイスラム教文化の衝突という解釈もあるが、本書を読んで初めて知ったんだけどフセイン政権はイラク国内ではむしろイスラム教は弾圧してきたとのこと。ならば単純なイスラム世界との対立というのも成り立ちにくい。

本書を読んでの私なりの理解としては、アメリカとしては世界の火薬庫である中東をなんとか収めたい。そしてできることならこれらの国に西欧型社会システムを導入したい。現状ではあらゆる言語が通用しない状態だから。また中東が平和になれば、この地域を主な活動拠点にしている国際テロリストの活動にも制限を与えることができ、テロとの戦いという意味でも有意義である。ってな感じなんだろうか。

もう一つの疑問は反米テロがやまないこと。そもそも彼らはなぜ米軍を攻撃するのか。そして、彼らの正体はなんなのか。当初、私の乏しい理解ではフセイン政権の残党が主力だと思っていました。本書はフセイン捕縛の時点までで終わっているけど、その後フセインは処刑されたため、フセイン政権の再興は事実上不可能になった。私はこれで反米テロはなくならないまでも収まっていくんじゃないかと思ってたんだけど、実際にはそうではなかった。ということは彼らは少なくともフセイン政権の残党ではないということになる。

本書はイラク戦争に関するアメリカの様々な問題点を指摘している。一つは開戦に至るプロセス。実質、国連無視による一方的な侵略戦争であること。これはアメリカ軍だけの問題ではないけど、戦争自体が比較的早期に終結してしまったこと。本当はアメリカ軍の侵攻に伴い、イラク国内の反政府勢力が合流して一緒にフセイン政権を倒すのが理想的なシナリオらしい。そのほうが戦後政治がスムーズに進むからね。アメリカ軍もそれを期待していたんだけど、その間もなく戦争が終わってしまったことと、もう一つ重要なのはかつて湾岸戦争時にそうした反政府勢力が打倒フセイン政権で立ち上がったときにアメリカ軍がこれを支援しなかったという歴史があるそうな。つまり、イラク国内の反フセイン勢力からアメリカ軍は信用されていない。これが戦後統治を難しくしている面もあるそうな。

フセイン政権に追われて海外に亡命したイラク人知識人は多い。こういった人たちはアメリカ政府と密に連絡をとりあっていて、戦後統治においても主役を務めているわけだけど、彼らはなぜか亡命時代にイラク国内に活動基盤を持って居なかったため、現在のイラクでは「一度は国を捨てたよそ者」状態になっているらしい。これはアメリカとは関係のないイラク特有の事情ではあるけれど、これも戦後統治を難しくしている。

結局、本書でも誰が反米テロを行っているのかは分からないと記されている。おそらく、単独の組織もしくはイデオロギーではなく、複数の複雑な思惑が重なってテロが行われているんだろう。結局は、東西冷戦のように、もしくはキリスト文明とイスラム文明のような単純な対立構図では説明のつかない、複雑に入り組んだ時代になってしまったということなんだろうか。