「黒人野球のヒーローたち」佐山 和夫

2007/8/12作成

ニグロリーグの存在は、以前「栄光なき天才たち」でサチェル・ペイジ氏の回を読んだことがあったので知ってはいましたが、本書でより詳細に知れて非常におもしろかった。

意外と知らなかったのは、初期のメジャーリーグでは黒人選手がいなかったわけではなかったこと。しかしメジャーリーグの形態が整っていくに従い、次第に黒人は排除されていくようになる。その一方で、メジャーリーグは白人専用かというとそうではなく、インディアンについては開放されていたというのも意外である。また、ニグロリーグとメジャーリーグの間ではエキシビジョンマッチが盛んに行われてもいたそうである。

一方、ニグロリーグの初期においてはなんと日本人が活躍していたらしい。1912年頃のことだそうなので、野茂英雄氏の80年以上前のことになる。ジャップ・ミカドという無茶苦茶な名前から本名でないのは明白だけど、こんなおもしろい話が飛び出してくるから読書はやめられない。本書の段階ではジャップ・ミカドの正体は謎だったけど、その後筆者を始めとする人たちの調査で三神吾朗氏がそうだということがわかったらしい。また、ジャップ・ミカドのニックネームは三神氏個人のものではなく、チームの日本人選手が代々付けていたものだったとか。ほへー。

ジャップ・ミカドの所属したオールネイションズはプロ野球チームではあるけれど、野球だけに限らずさまざまな出し物を行う巡業団のようなものだったらしい。形態としては巡業サーカスの出し物の一つに野球があるという感じか。こういう話を考えると、最近のプロ野球におけるファンのためとかファンサービスという話につながって来るように思う。ファンが喜びさえすればそれでいいのかというと際限がなくなっていくだろう。種目は違うが、プロボクシングの亀田大毅選手はKO勝利後にリングでカラオケを歌う。そりゃファンは喜ぶだろう。でもそれはボクシングかというともちろんそんなことはない。この場合、ボクシング+カラオケという合わせ技の興行と言うことになる。

野球の中で言えば、例えばとある年のオールスターでのピッチャー イチローという話がある。イチローはピッチャーとしてもそれなりの能力があるそうだけど、それでもプロとして本職でないわけで、やはりこれはオールスターというお祭りの中でこそ許されるおふざけであろう。おふざけになってしまえば、もはやスポーツではなく単なるショーである。ショーでもファンはこの場合は喜ぶ。ファンが喜びさえすればいいという考えの先にはこんな場合もあり得る。安易に「ファンのために」と言っていればいいのだろうか。

プロスポーツ選手というのはスポーツをしてお金をもらう人だが、厳密に言うとそうではない。スポーツをするところを観てもらってお金をもらう人だ。スポーツをしてお金をもらう人としては、むしろオリンピックの強化選手の方がより近いだろう。その場合でも原資はオリンピックに対する広告費や放送権料などで、結局は観る人から支払われているわけだけれど。観客が居ないと成り立たない職業という意味では、ファンに喜んでもらうというのは正しい姿勢だけれど、突き詰めていけばどんどんスポーツかショーかという境界が曖昧になってくる。どこで明確に線を引くべきか。

本書に戻って、サチェル・ペイジは時にはわざと四球を出して満塁にしたうえで野手を全員引き上げさせて三振にとるということをよくしたらしい。それはそれで凄まじいエピソードだけど、それはスポーツなのかどうかという点では賛否が分かれるだろう。個人的にはこの例は将棋の駒落ちのようなものでスポーツの範疇に入るとは思うんだけど、ショーでありスポーツではないとみなす人も当然居るだろう。

脇にそれるけど、野球のルールでは確か投手が投球するときには捕手以外の全守備選手はフェアゾーンに居なければいけなかったと思う。だとすると、サチェル・ペイジの野手を引き上げさせたと言うのは比喩なのか、当時はまだこのルールが無かったか、それとも厳密に適用していなかったのか。

さてサチェル・ペイジである。生涯通算2000勝以上あげたそうである。メジャーリーグの通算最多勝はサイ・ヤングの511勝だそうで、それも凄まじい記録だけど、サチェル・ペイジはそれどころの数字ではない。この記録をどうみるか。

記録がいい加減だったという可能性はもちろんあるだろう。だいたいからして正確な数字が分からないんだから。しかし、だからといって実際は500勝くらいが2000勝になっているかというと、そこまでアバウトでもなさそうな気がする。本書によれば、現代のスコアブック並みとまではいかなくても、そこそこ正確な試合記録は残っているようだし。

対戦相手のレベルが低かったというのもあるだろう。実際、ニグロリーグはチーム間の実力差が大きく、優勝を争うチームはほぼ固定化していたそうだし。だか、それだけが理由ならサチェル・ペイジ以外にも2000勝級投手がゴロゴロいてもおかしくない。実際居たのかもしれないけれど、少なくとも現在は判明していない。ということで、こういった理由で多少は水増しされているかもしれないけど、やはり突出して優れた投手だったんではないかと思う。

ただ、それでも生涯2000勝というのは可能な数字なんだろうか。ピークを維持出来た期間が20年としても年間平均100勝しなければいけない。今のプロ野球だと年間20勝ですら非現実的な数字なのに。考えられるのは、当時世界最高レベルだった黒人リーグの中でもサチェル・ペイジはさらに突出していたのではないだろうか。例えば、現代のプロ野球投手が草野球で投げれば年間100勝は可能だろう。1日2完投3完投といった離れ業だって出来ると思う。実力差がありすぎるから、それくらいの余力を持っても十分対応できるわけだ。つまり、サチェル・ペイジは当時の黒人リーグを草野球並のレベルとして扱えるくらいの能力を持っていたことに。それって口で言うのは簡単だけど、とんでもないことだよなぁ。まさに奇跡と呼んでも差し支えないのではないだろうか。

昭和初期にメジャーリーガーが来日したことは有名である。大して野球に詳しくない私でも、沢村栄治とベイブ・ルースの対決くらいは聞いた事がある。一方、ほぼ同時期にニグロリーグのロイヤル・ジャイアンツが来日していたことはこの本で初めて知った。一般にもほとんど知られていないと思う。日本側の招待で選抜チームとして来日したメジャーリーガーに対し、自主興行として来日したロイヤル・ジャイアンツという立場の違いが知られていない理由として本書では上げられている。ここからは筆者の主観がかなり大きいと思うのだが、招待されて嫌々やってきたメジャーリーガーに対し、紳士的でフレンドリーなニグロリーガーが日本人に野球の楽しさを伝えて、その後の日本野球に大きな影響を与えたとのことである。が、それはちょっとひいき目が過ぎるのではないかと思う。無論、ニグロリーガーが日本野球に対して全く影響を与えなかったわけではなかろうが、筆者がいうほどの大きな影響を与えたのだろうか。もしそうだとしたら、ニグロリーガーの来日自体が今の日本でほとんど知られていないのはどうしてかという疑問がある。また、当時の日本にはプロ野球はまだ存在しなかったものの、野球文化が無かったわけではない。高校野球の甲子園は既に人気をを獲得していたし、大学野球も華やかに行われていた。ニグロリーガーの日本野球に対する影響もあったがそれが判明してないだけだとしたら、今後の筆者たちによる調査活動によってそれが明らかにされることを期待したい。

長らくメジャーリーグは黒人を排斥していたけど、1947年のジャッキー・ロビンソンを皮切りに次々とスタープレーヤーがメジャーリーグ入りしていく。その状況は現在の日本プロ野球に近いものがあるかもしれない。スタープレーヤーがメジャーに移籍して活躍する事でニグロリーグのマイナーリーグ化が危惧されたが、当初は「むしろニグロリーグのレベルの高さが証明された」と楽観視されちたそうである。しかし、それは甘すぎる予測で、実際にはわずか数年で実体としてのニグロリーグは消滅してしまった。考えてみればそれは当然のことである。メジャーリーグとニグロリーグのどちらの試合も観れる状況においてどちらを観に行くかというとレベルが高くて面白い方だろう。ニグロリーグのトッププレーヤーがメジャーリーグに移籍して行くわけだから、メジャーリーグの方がレベルが高くなってしまうのである。

同じ事は日本プロ野球においてはどうだろう。現在、日本プロ野球のトッププレーヤーは当然のようにメジャーリーグを目指す。それ自体は別に悪い事ではない。プレーヤーとしてより高いレベルの環境で自分の力を試してみたいと思うのは当然のことである。しかし、球団やリーグの興行という面でみるとどうか。スタープレーヤーが次々とメジャーリーグに移籍してしまうと、当然に残された日本プロ野球の魅力は下がる。日本とアメリカでは地理的に大きく離れているので、球場に観戦に行く顧客は競合しない。しかし、現代ではプロ野球は主にテレビで観るものになっている。そうなるとテレビのチャンネル上でメジャーリーグと日本プロ野球が直接競合してしまう。そうした場合に、ニグロリーグで起こったのと同じ事が日本プロ野球に起こらないだろうか。むしろ、起こった方が当然のように思う。

ニグロリーグの末期には、各球団は黎明期の興行団のようにさまざまなファンサービスを繰り広げて人気回復に努めたそうである。それも現在の日本プロ野球の各球団の姿勢に重なって見えるようにも思う。日本人選手がメジャーリーグに移籍を始めた頃、球団オーナーたちが選手に対して身勝手だと批判していた事が、選手やファンから批判されていたことがあった。ニグロリーグの顛末を考えると、むしろ日本プロ野球の行く末を本当に心配していたのはこのオーナーたちだったのではないかという気もしてくる。ま、ファンとしては面白い試合を観れればそれでいいわけだ。プレーヤーとしては高給をもらえていい環境でプレイ出来ればそれでいいわけだ。その場所が日本プロ野球だろうがメジャーリーグだろうが関係はなかろう。日本プロ野球が衰退して困るのは興行主であるオーナーたちだけなんだから、それでいいのかもしれない。


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